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「っ?!」
芙蓉のその柔らかく温かい唇の感触は、今まで心の奥底に鍵を何重にもかけて秘めていた外道丸の想いを強く揺さぶった。
そしていとも簡単に鍵ごと破壊するーー。
外道丸は芙蓉の両腕を掴みそのまま体重をかけて身体ごと床に押し倒した。ギシっと軋んだ板に艶やかな漆黒の長い髪が美しく一面に広がる。
「.........。」
「.........。」
見つめ合った瞳が甘く交わり絡みつく。
すると外道丸が優美な声で囁いた。
「我が心 汝の色に うつろへり
いくつになるとも 隣にいたし」
芙蓉は一瞬目を丸くした。一拍置いて涙が溢れてくる。
ずっと芙蓉が望んでいた外道丸からの恋文ーーー。
「ちょっとストレート過ぎるけど外道丸らしい。」
「くそっ苦手なんだよこーゆーの。最初で最後だ。」
顔を赤らめてぶっきらぼうにそう言うと、外道丸は芙蓉の首の後ろに指を滑らせ唇を塞いだ。
一瞬驚いた顔をした芙蓉もその強く優しい熱には逆えず、力強い外道丸の腕に身体を委ねる。
言葉などいらない。
この夜芙蓉は、肌から直接伝わるぬくもりと、愛を受け止める痛みを知った。
そして一つに溶け合えないことの切なさと、だからこそ二人で寄り添って生きられる至高の幸せも。
隣で眠る外道丸の寝顔をずっと見ていたいと願った。
この場所を守りたいと思った。
永遠にーー。
⌘ ⌘ ⌘
3月の風がもうすぐ冬の終わりを告げている。あれから外道丸と芙蓉は何度か逢瀬を重ねた。
そして芙蓉が14歳になる3月8日の次の朝に『三日夜の餅』を食べる約束をしていた。
想いを寄せたもの同士が三日連続で夜を一緒に過ごし四日目の朝に餅を食べると晴れて婚姻となる、愛する人と夫婦になる約束を。
芙蓉は外道丸と三日間一緒に月を眺めることを楽しみにしていたーーー。
ある日の昼下がり。乾いた洗濯物を芙蓉は腕いっぱいに持ち家に帰った。つい最近妹が産まれたので家のことは全部芙蓉がしている。
芙蓉は誕生月になった今日、母と義父に外道丸とのことを打ち明けようと思っていた。
なんだか照れくさくてどう切り出そうか考えながら家の中に入る。
すると芙蓉は客人がいることに気が付いた。母と義父がその人の前で正座している。
「......どなたですか?」
「おや。」
その客人はよく見ると手に文を持っていた。
しかもその文使いはやけに小綺麗にしていて所作も美しい。おそらくどこか身分の高い方に仕えているのだとすぐに分かる。
ーーー嫌な予感がした。
「芙蓉様お待ちしておりました。こちらは我が主からの文でございます。どうぞお受け取りください。」
差し出された文を芙蓉は手に取った。
名前を見るとどうやら貴族らしき名だった。
「なぜですか?私のようなただの農民に。」
「え?」
文使いは首を傾げた後、正座している母に一瞬視線を向けてまた戻した。
「まさか...知らぬのですか?」
「え?知らぬ?」
芙蓉は怪訝な顔を浮かべる。
「貴女の本当のお父上は天皇家の血筋です。お父上がご病気で亡くなった後、貴女のお母様である奥方様は姿をくらませ、既に亡くなったとさえ言われておりました。」
「え...お母さんが......?」
「はい。探すのに苦労しましたよ。貴女を娶りたいと望む上流貴族は五万とおります。」
「............。」
芙蓉は頭が真っ白になった。早くなった心臓の鼓動が体中に響いて聞こえる。
「お返事の文をお願いします。私はしばらく外で待たせていただきますので。」
そう言うと文使いは家から出て行った。
芙蓉は状況が未だ理解できずに呆然とその場に立ち尽くした。
すると母が横から芙蓉を抱きしめた。
「芙蓉ごめんなさい。まさか見つかると思わなかった...だから言わなかったの。」
母は震えて泣いていた。
「私が...天皇の血筋......?」
しかし芙蓉には心当たりがあった。
記憶のどこかにあった美しく広がる庭園や煌びやかな着物など、現実で見たこともない世界。
ただの夢の中の映像だと思っていた。
ーーーなのに。
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