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「え?外道丸が......?」
芙蓉は耳を疑った。なぜそこで外道丸が出てくる。
しかしすぐにハッとして眉根を寄せる。
乙女椿の場所を話したことがある人が1人だけいた。外道丸だーー。
だが芙蓉が「秘密だ」と言ったことを、いくら親友の椿だとしても外道丸が教えるだろうか。信じられない。
だとしたら答えはひとつしかないーー。
「外道丸が...椿ちゃんにあげた...?」
芙蓉の顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
「もしかして椿ちゃん外道丸のこと...?まさか外道丸も...それに気付いて...。」
小さい頃からずっと一緒で信頼し合っている椿を外道丸は家族以上に大切に思っている。
ましてやずっと慕われていたと知ったらそんな椿ひとりを置いて行くなんてできないだろう。
芙蓉は頭の中で他に可能性がある色々な答えを考えた。
椿が文を外道丸に渡さなかった?
そもそもこの男が椿に渡さなかった?
どれであっても信じたくない。
芙蓉の瞳から徐々に光が消えていく。どんな理由を探したってどんな答えがあったって、きっともう外道丸は来ない。それが全てだった。
明日には自分の身体は他の男に奪われる。
もし今回上手く逃げられたって、天皇家のこの血が流れている限り逃げ切ることは無理だ。家族も危険な目に合う。
私がこの世界に生きている限りーーー。
芙蓉は崖の手前まで来て草履を脱いだ。
そして夕星を見上げると消え入るような小さな声で、外道丸に送った文の中に綴った歌を呟くーー。
そして芙蓉は零れ落ちる涙と共に、
闇のように深い海へと沈んで行ったーー。
⌘ ⌘ ⌘
その悲報が村中に伝わるのはあっという間だった。
外道丸は近頃多忙で芙蓉に会いに行けず、誕生日前日の夜遅くに芙蓉の家を訪ねたところだった。
予定より遅れてはしまうが、そこから三日連続で会いに来れば晴れて夫婦になれるーー。
「ん?」
家の中を覗いた外道丸は動きを止めた。ゴクリと咄嗟に息を呑む。
もぬけの殻だ。こんな時間に誰もいないなんてのはおかしい。
外道丸は外に出て、集中するように目を閉じた。
そして耳を済ませるーー。
「そこか。村の中心の方が騒がしい...。」
胸騒ぎを抑え外道丸は村へと急いだ。するとすれ違う村中の人間が松明を持って集まっている。
「なんだこれ......。」
建物の影に潜んだ外道丸は、そこで思いもよらないことを耳にした。
「芙蓉が例の崖から身を投げて自害した。」
「亡骸は見つからず残ったのはこの草履だけ。」
「どうやら皇室の血が流れていて、上流貴族から求婚されてたらしい。」
村人たちが話している内容がどれもピンと来ない。
「......は?冗談いってんじゃねーよ...。」
しかし誰一人として笑っている者はいなかった。むしろほとんどの人が涙を浮かべている。
外道丸はグラッと一瞬ふらついた身体をなんとか立て直した。
そして次の瞬間、いても立ってもいられなくなり芙蓉が身を投げたという海へ向かったーー。
海に着くと、芙蓉の両親や村の男達が芙蓉の名を呼んで探していた。だが荒れ狂う闇の海はその声さえもかき消していく。
こんなに冷たい夜の真っ暗な水の中に芙蓉がいるなんて考えたくない。
外道丸は森の小屋で初めて芙蓉を抱いた日のぬくもりを今でもはっきり覚えていた。手の甲に口付けた芙蓉の暖かい唇の感触も。
「なぁ......うそだろ...約束したじゃんか...夫婦になろうって......」
芙蓉と一緒に笑い合う未来しかなかった。
それしかいらなかったのにーーー。
外道丸はただただその場に立ち尽くした。
どこからかいつものように芙蓉の大きな笑い声が聞こえてきそうな気がしてーーー。
⌘ ⌘ ⌘
それから何日しても何週間経っても、芙蓉の亡骸は見つからなかった。
外道丸はすっかり気が抜けたように、毎日寺の縁側で座ってボーッとしていた。
するとその時、椿が手にピンクの乙女椿の枝を持って外道丸の前に現れた。
「外道丸...いいかげん何か食べないと死んじゃうよ。」
外道丸はゆっくりと椿の方を見ると、乙女椿に目を留めた。
「ん?あぁこれ今日も寺の前に置いてあった。部屋に飾っとくね。」
芙蓉が死ぬ前からたまに寺の門の前に置かれるようになったピンクの乙女椿。
この花の在り処は芙蓉と自分しか知らないはずだ。
だからてっきり、忙しくて中々会いにいけなかった外道丸を想って芙蓉が届けてくれているのだとばかり思っていた。
しかし不思議と、芙蓉がいなくなった後もこうやって置いてあることがあった。
まるで芙蓉の存在を、芙蓉の死を、忘れるなと言われているように。
それが余計心の中の闇をより深くしていったーー。
芙蓉はなぜ死を選んだ。
なぜ何も言わず俺を置いて逝った。
答えなんて永遠にわからない問いばかりが頭に浮かぶ。
「おかしいな...。本当に悲しい時でも涙ってのは出ないのか。」
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