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しばらくすると乙女椿を部屋に置いた椿がバタバタと走って戻ってきた。
「外道丸!ちょっと来て!」
慌てた様子で外道丸の腕を掴み部屋へと引きずって行く。
部屋の中に入ると椿が一つの文を葛から取り出した。
「これ!私が前に森の中で文使いの人から外道丸に渡すように頼まれてドアの前に置いておいたもの!これ読んだ?」
「え...。」
「さっきたまたま葛が開いてて不自然に置いてあったから気になったんだけど...。」
「..........。」
外道丸は文を手に取った。
しかし見た覚えもなければドアの前に置いてあったことも知らない。
くるっとひっくり返すが宛名はない。外道丸は文を広げた。
だがその瞬間、目を見開いて呼吸を止めるーーー。
「..................芙蓉...」
「えっ?!」
間違いない。急いで書いたのか文字が少し崩れてはいるようだが、それは死んだ芙蓉からだった。
「3月8日の夕暮れ......崖で待っている。一緒に......何もかも捨ててほしい...?」
「それって......。」
明らかに自分へ宛てた助けてのサイン。
共に逃げて欲しいとーーー。
「この手紙を...ドアの前に置いたのはいつだ。」
外道丸がワナワナと震えながら声を絞り出す。
「え?確か...3月に入った2日だったかな。」
全然文に気が付かなかった。
自分宛の大量に届く文はいつもだいたいまとめて机の上に置いてある。そしてそのまま葛行きだ。
誰かが拾ってそこに紛れさせたのか?
だとしても、
もし自分がきちんと日頃から文に目を通していればこんなことにはならなかった。
きちんと見ていれば。文がこんなに届かなければ。
こんな容姿でなかったら............
芙蓉は死ななかった
「そうか......俺のせいだ...。」
芙蓉は言った。“いつかこの顔で良かったと思える時が来る”と。
しかしそんな瞬間もう永遠に来やしない。
椿の必死な慰めも耳に入らなかった。自分も芙蓉の後を追って今すぐに命を終わりにしたいとそれだけが脳裏にめぐる。
しかし自分が死ねば、芙蓉との思い出も愛し合った時間も全て無くなる。
死にたい...死ねない。
...............デモヤッパリ シニタイ。
外道丸が全てを失った瞬間だった。
身体から禍々しい炎が燃え上がり、瞬く間に外道丸の全身を包みこむ。
どこまでも暗く、深い、絶望の炎。
外道丸の美しい絶世の風貌が見る見るうちに醜い異形の姿へと変わっていく。
椿は恐怖に染まった表情で声もなく見ていることしかできなかったーー。
そうして外道丸は鬼となった。自らその道を選んで。
『この心は永遠に芙蓉のもの。もう誰も俺を見る気にならないように、想いを寄せようなんて気にならないように、俺は忌み嫌われる鬼となり生きていく。
いつかまた巡り逢えるまで、芙蓉への愛だけを胸にーーー。』
そう言い残すと鬼は窓へ飛び乗り、目にも留まらぬ速さで消えたーーー。
椿は残された芙蓉の文を手に取り、最後に書いてあった歌を詠んだ。
「違ふ人と 月を眺むる ほどならば
死にてさきのよに 汝に逢はばや」
目を閉じた瞬間、頬に涙がつたう。
心から願った。
芙蓉の最期の望みが叶うように。
永遠に忘れないようにーーー。
窓から入ってきた風に乗って、芙蓉の明るい声が聞こえてきた気がする。
『外道丸。愛するあなたのことを来世で待ってるよ...。』
fin.
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