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クヌートたちが目的地の村に着いた時、太陽はすでに西の山の向こうへ沈み始めていた。
村の門の前には門番が二人立っていて、そこで少々足止めを食らった。ここは山奥にある小さな村だ。そういう村は大抵、どこから来たのか、何という名前なのか、旅の目的は何なのか、何日間この村に滞在するのか、ありとあらゆることを質問されるものだ。だがここの門番はクヌートの名前を聞くと、あっさりと門を開けた。
村に入ると、人々の目が度々二人の方に向けられることがあった。ある者はすぐに目を逸らし、ある者は熱い視線を送ってきた。
「ここどこ? あのひとたちしってるの?」
ハンナは人々の視線から目を逸らすのに必死だった。
「よく来る。何度かブランカの家を空けていたことがあっただろう」
「ここにきてたの? おともだちがいるの?」
ハンナがそう尋ねると、クヌートは一瞬立ち止まり、眉間にしわを寄せて小さく首を傾げた。ハンナは彼が少し混乱しているように思えた。それは意味の分からない単語を耳にしたような反応だった。
ハンナが何か言おうかと迷っていると、一人の気の良さそうな初老の男がクヌートの背中を叩いた。
「クヌート? お前さんブランカの所に帰ったんじゃなかったのか? 赤毛のチビちゃんなんか連れてどうしたんだ」
老人はクヌートの背中を軽快に打ち鳴らすと、ハンナの方に目を向けた。
「こ、こんばんは……」
ハンナは老人から目を逸らしつつあいさつした。老人からは強烈な酒の臭いがした。
「へへ、怖がられちまったぜ! 無理もねえなチビちゃん」
老人はヘラヘラしながら携帯していた酒をぐびぐび呷った。
「ノーチェに会いに来た。今、村にいるか」
クヌートは軽く屈んで酒臭い愉快な老人に尋ねた。ハンナは老人の酒臭さに耐えかねてさりげなく距離をとった。
「どうした。忘れ物でもしたか?」
老人が返事を寄越すよりも早く、背後で声がした。クヌートとハンナが振り返ると、すらっとした若い男がいた。いや、男というのは、単にハンナがそう判断しただけである。
「あっ、お前がハンナか。前にこいつからちょくちょく話は聞いてたよ。初めまして」
どうやらこの人物がクヌートの言うノーチェであるらしい。短く切られた黒い髪がさっき白樺の木の下で出会った男を思い出させた。
ノーチェはハンナの目線の高さまで腰を下げ、引き締まった笑顔を見せた。
「へへ、おめえのこと男だと思って怖がってら!」
初老の男は嬉しそうに手を叩いた。ハンナはますます混乱し、目の前にいるノーチェを凝視した。
「黙んなジジイ。性懲りもなく酒ばっか飲みやがって。いつまであの世とこの世の境を行き来するつもりだ? 気にしなくていいハンナ。ああ、でも一応言っておくと、私はこれでもお前と同じ女なんだ」
ノーチェは老人を一喝すると、再びハンナの方に向き直り猫なで声を出した。
「うん……」
ハンナはノーチェの喉に喉仏の突起が見当たらないのを確認し、納得したように頷いた。
「で、何か用があってここに来たんだろ? 言ってみ」
ノーチェは今まで黙っていたクヌートの方を向いた。
「ブランカが死んだ」
クヌートは外套のポケットから手紙を取り出してノーチェに渡した。ハンナはその手紙を目で追った。クヌート宛ての手紙は読んでいないのだ。
「あの婆さんそろそろかなとは思ってたけど、とうとう死んじまったのかよ。えーっと、『私はもう長くありません。私が消えたらハンナを頼みます。この国の最北に私の元弟子がいます。彼女ならハンナの治療ができるはずです。手間をかけて本当にごめんなさい。ハンナを村に送り届けたら、あなたはどこへでも好きなところへ行きなさい。できるだけ遠くへ。そうだ。もし行く場所がなかったら、ノーチェさんを頼ったらいいんじゃないかしら?』――あんのババア。『なんなら一緒に連れて行くといいわ』――なんだ、私にお守り役押し付ける気かよ」
ノーチェはそう言って手紙を折りたたむと、やや乱暴にクヌートのポケットにねじ込んだ。
「どうするかは、ノーチェに委ねる」
クヌートが言うと、ノーチェは小さくため息をついた。しかし、本気で嫌がっているわけでもないようだった。
「ついてきなよ。とりあえず飯だ。こんな時間に外は寒い」
「わしも行って良いか?」
ノーチェの言葉にすかさず老人が反応した。もうまともに立っていられないのか、右へ左へとふらふらしている。
「勘弁してくれよ父さん。良いも何も、おめえの家だろうが」
「でへへ、そうだった。俺の家かぁ!」
どうやらこの飲んだくれ男はノーチェの父親であるようだった。ハンナは三人のやり取りをぽかんとした顔で眺めていた。
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