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ノーチェの家は村の中でもとりわけ人気のない場所に建てられていた。白い丸太創りの家だ。屋根は一面降り積もった雪に覆われているが、夏になり、雪が解けると鮮やかな草屋根が姿を現す。家のすぐ裏手は森になっており、庭の木には仕留めたばかりのトナカイがぶら下がっていた。トナカイから流れた血が、地面の雪を赤く染めている。
クヌートはその隣に、連れてきたトナカイを繋ごうとしたが、さすがにそれはかわいそうだとハンナが止めに入った。
「よーし、その子はわしが別の小屋へ連れて行こうな」
後にエーリクと名乗った酔いどれ男は、そう言ってトナカイを別の場所へ連れて行った。
「ダグ! 帰ったぞ、いるか?」
ノーチェは勢いよく家の分厚いドアを開けた。すると屋根裏部屋の方からドスドスと足音が聞こえ、梯子から少年が下りてきた。一六、七歳くらいの茶髪の落ち着いた風貌の少年だった。
「姉さん、ナイフ研ぐ時は話しかけないでくれっていつも言ってるじゃないか……あれ?」
少年はノーチェの背後にクヌートとハンナの姿を見つけると不思議そうに首を傾げた。
「クヌート? ブランカの所に帰ったんじゃ?」
「ちょっと訳ありでな。ダグ、冷凍室からトナカイ持って来い。あと魚、何でもいい。どうせこいつ何でも食うからな」
ノーチェはクヌートの方を一瞥し、ニヤッと笑って見せた。
部屋の中は暖炉が燃えていて暖かく、すぐ近くに木で作られたテーブルがある。テーブルの床には大きな熊の毛皮が敷いてある。更に、壁には仕留めた獣たちの剥製が飾ってあった。
「そこの熊、クヌートが仕留めたやつだぞハンナ。三年前の秋ごろだったかな」
ノーチェは部屋の中をきょろきょろ見回しているハンナに言った。
「まあ、適当に座んな。席はどこでもいいから」
ノーチェはテーブルを指さして言った。
その日、食卓にはジャガイモのスープに黒パン、コケモモジャム、トナカイのステーキにスモークサーモン、焼きチーズなどが並んだ。
ノーチェは父親のエーリクと弟のダグの三人で狩猟をしながら生活している。この日の夕食の肉や魚も、自分たちで山に行き捕ってきたものだ。自分で狩りをし、自分で肉を捌き、自分で料理できるようにするというのが、この一家の家訓である。クヌートもある出来事をきっかけに、数年前からこの一家の狩猟に加わっているのだが、それはまた別の話である。
食事中の話題は主に銘々のの思い出話だった。昔の狩猟はどうだとか、今は昔より雪が少ないだとか、エーリクの酒癖のせいで苦労した話だとか、ノーチェ達はそんな他愛もない話ばかりしていた。ハンナはノーチェやダグが自分に対して何も尋ねてこないことに若干の居心地悪さを感じていた。酔いつぶれているエルクルはともかく、この二人が何も聞いてこないのはどこか妙だった。まるで、わざと気を遣って話を振るのを避けているようだとハンナは思った。昔から、彼女はそう言った他人の感情には敏感だったのだ。
しかし、食事を終え、お湯で絞った布で体を拭き、今日は早めに寝ようかという話になったとき、ノーチェはハンナに声をかけた。
「ハンナ。お前は私の部屋においで。少し知っておきたいことがある」
ハンナはすぐ横にいたクヌートの方を見た。クヌートは軽く頷くと、静かにダグの部屋へ入っていった。
「大人しいな。お前もクヌートも。まるで兄妹みたいだ。顔は全く似てないけど」
ノーチェはそう言いながら自分のベッドの布を剥ぎ取り、新しいものに取り換えた。
「ほら、お前が使っていいよ」
「でも、ノーチェは?」
「気にするな。その代り、質問に答えてほしい」
「うん」
「よし、いい子だ」
ノーチェはハンナを持ち上げてベッドに座らせた。
「じゃあ、まず最初に、お前はまだ治療が必要だとブランカの手紙にはあったけど、今はどんな具合だ? 結構前に、お前を預けに来たお兄さんからある程度事情は聞いたけど、まだ良くなってないのか?」
ノーチェは立った状態から膝を折り、ベッドに座ったハンナの目線より低い位置から話しかけた。やはり、彼女は気を使って食卓では突っ込むのを避けていたようだ。ハンナは少しの間言いよどんだが、どうしても伝えないわけにはいかない問題だった。
「まだ、うでにへんなのがのこってるよ」
ハンナは袖をまくり上げた。彼女の腕には無数の奇妙な模様があった。一見大きな痣や火傷跡のようにも見えるが、よく見てみると呪いの呪文が刻まれている。邪悪な魔女の呪いだ。
「なるほど……」
ノーチェは息を呑んだ。
「ブランカ、もっといっぱいじかんがいるっていってた。すこしずつなおすんだって」
「呪いを掛けるのは一瞬でも、解くのは容易じゃないみたいだな」
ノーチェはそれだけ言うと、それ以上追及するのをやめた。
「よく見せてくれた。ありがとう」
ノーチェはハンナをベッドに寝かしつけると、静かに寝室を後にした。
寝室を出たハンナはダグの部屋へ行った。まだ起きていたクヌートを部屋の外に引っ張っていくと、改まった様子で言った。
「正直、お前みたいな不器用なバケモンがあんな子供の面倒を見られんのか、不安しかない。それでだ。私もお前ら二人に同行しようと思う。お前と違って地図を見たり他人と交渉するのもうまいしな。ただ、あの子は私よりお前に懐いてる。しっかり側にいてやるんだぞ」
クヌートは静かにノーチェの話を聞いていた。彼は無言でうなずくと、明日のことについて話し始めた。
「今のところ、明日の朝に市場でブランカの家から持ってきたものを売って、金に換えようと思ってる。お前は値段交渉がうまいから、頼んだ」
「いいよ。まかしとけ」
ノーチェは軽くクヌートの背中を叩くと、「早く寝ろよ」と言って寝室に戻っていった。
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