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極北へ
次の日、クヌート達は朝の市場でブランカの家から持ってきたものや、ノーチェが仕留めた獣を換金して旅の資金にした。今まで散々荷物持ちにされてきたトナカイは、自分の背中が軽くなったことを喜んでいるようだった。
「いいなー。僕も行きたいんだけど?」
市場まで付いてきていたダグが言った。
「駄目だ。お前はジジイを見とけ」
ノーチェは冷たく言い放った。
「じゃ、ジジイも連れて行く? 酔ってなければかなりの戦力になるでしょ」
「一日のうち酔っぱらってる時間のほうが長いだろ。まだ母さんが出ていった傷が癒えてねえんだよ。これは遠足じゃない。お前は家で待て」
ノーチェの言葉にダグは仕方なさそうにため息をつき、「じゃあせめてこれを持っていってよ」と言って腰に着けていた小さいナイフを差し出した。
「何だこれ?」
「昨日研いだやつだよ。獣捌くのに使おうと思ったけど、このチビちゃんに持たせてあげたらどう? お守りとして」
彼はそう言うと、クヌートの後ろに隠れるようにして立っていたハンナを指差した。
「ハンナ」
クヌートがハンナの前から避け、前に出るよう促した。ハンナはおそるおそる前に出てダグから小さなナイフを受け取った。ふざけたダグが「わっ」と声を上げてハンナを脅かすと、すかさずノーチェが彼の頭を引っ叩いた。
「この馬鹿」
道行く人々がちらちらと目線を向けた。ある者は楽し気に微笑み、ある者は迷惑そうに眉をしかめた。
村の門の前までダグはついてきた。エーリクはまだ家でいびきをかいているらしかった。
「本当にしょうもねえな。あのジジイ」
ノーチェは村を出ていく直前まで父親の愚痴を言っていた。ダグと門番に見送られ、三人は村を後にした。
この日の目標は山を一つ越えることだった。クヌートは森の街道を行くつもりでいたが、ノーチェが数日前、街道に盗賊が出たという話をし出したので、山を一つ突っ切ってしまうことにした。このルートは街道を歩くよりも近道だった。
木々には数日前に降った雪が固まり、枝をしならせ、まるでひとつの生き物のようになっていた。よく地面を見てみると、いたるところに鹿やウサギの足跡が残っている。
ここ数日は多い降雪がなく気温も安定していたが、一行は念のためお互いの間隔を開け、雪庇や木の少ない箇所を避けながら雪崩に気を付けて進んでいった。
「大した山じゃない。夕方には湖に出るはずだ。ハンナ、もしせり出した雪とか、ひび割れを見つけたら教えてくれ」
「うん」
ノーチェに頼まれたハンナはトナカイの上から当たりの様子を見ていた。しかし、しばらく歩いているとハンナはひび割れや雪庇よりもたちの悪いものを見つけてしまった。
「あっ」
ハンナが声を上げるのとほぼ同時にクヌートも気が付いたようで、すぐにトナカイの背から斧を取った。
ノーチェは矢を取り出して静かに構えた。木々の奥から五人の男が歩いてきた。彼らはその手に剣や斧、弓などを持ち武装していた。おそらく盗品だろう。
「おい、そっちのでかい木の後ろに隠れろ……! 盗賊だ」
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