盗賊

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盗賊

 盗賊達は皆痩せこけており強そうには見えなかったが、余計なことに労力を費やすのはノーチェもクヌートも望んでいなかった。  隠れてやり過ごせるかと思った時、突然ハンナを乗せていたトナカイが暴れだした。ハンナは振り落とされ、そのまま雪の上に落下した。その音を聞きつけた盗賊たちが一斉にこちらを向く。 「何もんだてめぇら!」  盗賊の一人が剣を抜いてこちらへ向かってきた。 「それなりに腕の立つ猟師だ。それ以上近寄ると心臓に穴が空くぞ」  ノーチェが弓を構えて威嚇した。しかし盗賊たちは珍しい昆虫を見つけた子供のような目で三人を見た。 「いいトナカイ持ってるな。それと赤毛のガキも。珍しいから高く売れそうだ」  剣を持った男の後ろから、同じように弓を構えた男がそう言った。かなり興奮しているようだ。クヌートは黙ったまま、じっと盗賊たちの方を見つめ、ハンナはその後ろで小さく丸まっていた。  両者とも身動きが取れないまま、しばらくの間にらみ合いが続いたが、やがてしびれを切らした一人の男が奇声を上げ、クヌート目掛けて矢を放った。一番大きな彼を殺してしまえば、後は簡単だとふんだようだった。  彼の奇声をきっかけに、剣を持った男もノーチェに斬りかかろうとした。  しかしそこで予想外の事態が起きた。弓の男が放った矢がクヌートの眉間を穿つよりも早く、クヌートは持っていた斧を男目掛けて力任せに投げつけ、眉間にぶち当てたのだ。 「待ってくれクヌート!」  動揺したノーチェが叫んだが、すでに手遅れだった。  男は額から真っ赤な血を飛散させ、真っ白な雪の上に倒れこんだ。割れた頭からは湯気が立っている。一方、男の打った矢はクヌートではなく、偶然後ろにいたトナカイの首に刺さった。トナカイが声を上げて暴れまわる。  その場にいた盗賊全員が驚愕し、一瞬だけ動きを止めた。その隙を突き、ノーチェは剣の男に至近距離で矢を放った。矢が男の右肩に勢いよくつき刺ささる。すると今度はどこからかナイフが飛んできて、ノーチェの足を掠めていった。その直後に男の絶叫が聞こえ、途中でプツリと途切れた。クヌートが盗賊を雪の上に引き摺り倒し、彼の顎を靴の踵で踏みぬいたのだった。  盗賊は残すところ二人になっていた。二人は怯え切った様子で、それぞれ別の方向へ逃げ出した。一方は山の斜面を駆け下り、もう一方はハンナだけでも攫っていこうとハンナ目掛けて突進した。  ノーチェはハンナを攫おうとした男を弓で仕留め、クヌートは斜面を下った男を追いかけていった。  ハンナを襲った男が脚に矢を受けて倒れるのと同時に、斜面の下から空気を切り裂くような断末魔が山々にこだました。それからほどなくして、クヌート一人だけが静かに斜面を登ってきた。 「なあ、トナカイは……?」 「向こうで死んでる。運べそうな荷物だけ持ってきた」  ノーチェが尋ねると、クヌートは静かにそう言って自分が上ってきた方を指さした。両手にはトナカイに積んでいた荷物がある。 「随分派手にやってくれたな。あまり詮索はしないでやるけど、出だしからこれとは、先が思いやられるな……」  そう言ってノーチェは周りを見渡した。彼女が仕留めた盗賊だけはまだ息があったが、クヌートが仕留めた盗賊は皆一様に頭や喉を潰されて死んでいた。 「毒矢は使ってない。村まで行って治療を頼めばまだ助かるぞ。ただし丸腰でな」  ノーチェはまだ息のある盗賊に言った。  一方、ハンナは相変わらず木の後ろに縮こまっていた。 「おいで、ハンナ。びっくりしたな」  ノーチェが声をかけると、ハンナはゆっくりと顔を上げ、辺りを見回すと、物凄い勢いでまた顔を伏せた。クヌートが仕留めた男の頭からは、まだほかほかと湯気の立つ鮮血が流れ出ていたのだ。 「無理もないか。でも、これから先それじゃ困る。――よいしょ」  ノーチェはハンナを立たせると、地面に転がっている死体を避けて歩き出した。クヌートもゆっくりそのあとに続いた。
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