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除夜の鐘が静かに鳴り響く中、全国各地のありとあらゆるモニターが突如として同じ映像を映し出した。
人々は驚きの表情を浮かべながら、食い入るように画面を見つめる。
緑色で塗装された個室に、ひっそりと佇む青年らしき人影。
比較的小柄ではあるが、肩幅は広くやせ細ってはおらず、黒装束に白い包帯で顔を覆っているその姿は、言葉では言い表せない不気味さがあった。包帯の真ん中には、ギリシャ文字の『Ω』のマークが記されている。
「これより、人類選別を行います」
包帯で顔を覆っているため定かではないが、声のトーンが高く、笑っているように思える。男性的でも女性的でもない、中性的な声は人々の不安を更にかきたてた。
人々には、男の話していることが理解できない。一部の人は、正月の特番だと無視していたが、ほとんどの人はそう感じなかった。
正月の特番にしては、装飾が素朴すぎる。MCが一人で行う特番など、見たことも聞いたこともない。
「ルールは簡単。我々が出す数学の問題に答えるだけです。正解することができれば見事合格。時間制限を超過したり、正解することができなければ不合格となります。そして、不合格となった者には、罰が下されます」
困惑する人々を無視し、淡々と語り続ける男。その放送は、報道記者たちの目に留まり、たちまち注目の的となった。記者たちは、ネットワークメディアを駆使し、男の居場所を突き止めようと奮闘する。しかし、身元の特定は困難だった。
「我々は数学を使って、日本を変えようと考えています。これは、我々数聖会の物語の序章に過ぎません。それでは、皆さ……。」
会話が途切れ、男の背後から扉が勢いよく開く音が聞こえた。『Ω』のマークが、音のする方へと向けられる。視線の先にいる女は、右手にはマイクが握られており、左腕には取材用のノートが埋まっている。急いで駆け込んできたのか、荒い息を繰り返しながら呼吸を整えている。男の居場所を最初に特定した記者なのだろう。
「やっと見つけました!私は○×局の高橋と申します。単刀直入にお伺いしますが、あなたは一体何者なのですか!?そして、これはどのような目的で始められた放送なのですか!?」
男は淡々と質問に返答をする。全国に数多くあるテレビ局の一室だ。少ない情報量の中で、ここまで早く特定されることはないはずだが、男の口調に動揺の色は含まれていない。
「申し遅れました。私は、オメガ。我々は、数学による日本の改正を目指して活動しております。では、逆に質問しますが、あなたは今の日本がこのままでいいと感じていますか?」
「私の意見を言わせていただきます。たしかに、今の世の中、日本は更なる発展を遂げるための改革を行うべきでしょう。しかし、このように電波ジャックなどの違法に手を染めた改革では、絶対に良い結果は得られないと思います。」
高橋の語勢に圧倒されたのか、オメガは黙り込む。表情は読めないが、少なくとも正の感情は抱いていないだろう。
「そもそも、人類選別など、本当に行われるのですか!?」
高橋は、真剣な表情でオメガの方を見る。放送を見ている人物にとって、最も気になる内容だ。
オメガは、これ以上会話を続けても進捗がないと判断したのか、小さく首を左右に二度振った。そして、自分の右指を高橋の方へと向けながら、パチンと大きな音を立てる。
突然、高橋の足がガクリと折れ、その場に倒れ込んだ。動きは完全に停止しており、だらりと垂れている舌からは、唾液が地面に滴り落ちている。大きく見開かれた瞳には、生命の輝きはなかった。
「そう、あなたは少し、我々の思想を甘く見すぎていた。」
オメガは死体を一瞥すると、再びカメラの方へと視線を向けた。怒りか、呆れか、男の態度は明らかに先ほどとは異なっていた。これまででは、ただ漠然とした不信感のみが漂っていたが、今は内に眠る凄まじい量のおぞましさを湛えていた。
高橋の死が画面を通して大々的に放送され、それを見ていた人々は、驚きと混乱の渦に飲み込まれた。たった今、人の死を目の当たりにしたとは思えない淡白さは、恐怖そのものの無機質さを覚えさせた。オメガの言っていることが理解できなかった者は数多くいたが、その時既に人類選別は始まっていた。数聖会の信者が問題を出し、ターゲットにされた人が問題を解く、というシンプルな方法ではあったが、多くの人々が犠牲となった。
信者の出題する問題は、難易度は一定ではなかったが、どの問題も常人が即答できるほど易しい問題ではなかった。時間制限の超過により命を奪われる者も少なからず存在している。
警察は、数聖会の横暴を一刻も早く止めようと奮闘したが、外見だけでは一般人と信者との区別をつけることは困難だった。また、物理的な攻撃が全くと言っていいほど通用せず、信者を見つけることに成功しても食い止めることまでには至らなかった。
人々の心は廃れていった。成すすべもなく命が狩り取られていく。
多くの人を救おうと、信者に立ち向かっていく者。
目の前で友人を殺され、絶望の淵に立たされる者。
生という価値観が破壊され、狂ったように泣き叫びながら首を吊って自殺する者。
瞬く間に、日本は壊滅状態に陥った。
日本政府は、対抗策として全国に高専を設立した。元々ある工業系などの高専とは違い、安全区域としての特別な高専だった。そこには、数学のスペシャリストなどが多く配置されており、数聖会からの襲撃に耐えられるようになっていた。
本来ならば、さらに多くの安全区域を設ける必要があるが、緊急の事態に対応することは困難であり、生存者の確認も取れないため、緊急の措置ということだ。
しかし、ただ安全が手に入るだけではない。この高専に在学する者は皆、数聖会に対抗し、本来の日本を取り戻そうとするための解放戦線というグループに属することが義務付けられた。
その解放戦線の活躍によって、蹂躙されるままではなく、数聖会による被害が緩和されていった。
そして、解放戦線と数聖会の日本の未来をかけた戦いが幕を開け、戦力が拮抗したまま年月が過ぎ去っていった。
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