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蜷局 TOGURO 2020
「ぼくを所有物にしたいの?」
月明かりの中、少年の深い井戸のような瞳が、ゆらゆら揺れた。
「ねぇ、聞いてるの? 答えてくれないと、困るよぼく」
少年は、上半身を倒し、俺の上に覆い被さってきた。服と枯れ草が、擦れてかさかさと音を立てる。
息を詰まらせた俺の右頬に、少年は接吻した。温かい感触を期待したら、唇はシャーベットのように冷たい。
ちゅ、と、少年の薄い唇が鳴った。
おおよそ、この状況には、不釣り合いである、甘く湿った音。
今現在、俺の首から下は、感覚が麻痺している。
どうしたことか。
魔が差したのは認める。
田舎道の夜、一人で歩く少年を、強引に後ろから抱きしめた。
下半身が、それを強く要求したのだ。俺は、突然、憑依した悪魔の誘いに抗うことが出来なかった。それは犯罪だと、社会的抹殺されると、理性の欠片が叫んでいたが、全て暗い手で払いのけられた。
少年の、黒の学生服から覗く、首筋の白いコントラストが、滲むように眩しかった。夜風に揺れる、絹糸のようなアンバーの髪。全てが直線で描けそうな、成長期の身体のライン。それは、俺の目に、少年型の美しい人形、と映った。
出会い頭の野生動物が、一定の距離を保つように、俺と少年は、不思議な均衡を保ち続けた。
不意に、少年の長いまつ毛が、こめかみの横に、一瞬チラリと覗いた。その、背後を気にした微動が、俺を誘ったように思えた。
ああ、ここにあったのだ、と、俺は不意に思った。
脈絡は無かったが、確信があった。
俺が幼い頃、片時も離さなかった、セルロイドの人形。
燃えやすいからと、捨てられてしまったけれども。俺は、その人形と一緒にベッドの中に入っては、無機質な横顔を、陶然と眺めた。
俺は、成長して大人となり、可もなく不可もなく、普通の『おじさん』となったが、幼い頃、美しいモノに抱いた、あの未熟な性欲を、今でも胸の奥にくすぶらせている。
そして、今、あの人形が、体温を持って呼吸をし、二本の脚で立って、自分の目の前に存在していた。
少年を、両腕で絡め取った瞬間に、脳内に、がぁん!と音が響いた。
視界の中で、夜空と道路脇の茂みが、ぐるぐる絡みあった。まるで、遊園地のティーカップが、壊れた速度で回転し始めたかのように。
遠心力で、意識が弾き飛ばされ、俺は、地面へ崩れ落ちた。
目を開けると、この状況が待っていた。
薬を盛られたように、身体が動かない。手足の感覚が麻痺している。一体、何があった?
「襲われる側が弱いって、過信してるでしょ」
少年は、俺に顔を近づけた後、上半身を起こした。少年の顔が遠くなる。俺は微かに動く顎を上げて、彼を仰ぎ見た。
「ぼくはね、何でも習わされたんだ。後ろから襲われた時の、『対応』もね」
その言葉で、俺は現実に引き戻され、青ざめた。
この狭い田舎町で、護身術を習っている人間なんて、そうそう居ない。
……コイツは、もしかして、細川家の?
リアルな世界の情報が、頭をよぎった。
「会社帰りのサラリーマンさん。勇気あるね、遠くからわざわざ獲物を探しに来たって感じもしないし」
少年は軽く自分の唇を舐めて、俺の胸ポケットに手を突っ込み、財布を引き出した。
「や……め……」
「泉……さだ……あき? あれ……? 泉さん……家って、最近、結婚したんじゃなかったっけ? ……ま、あんま興味無いけど」
少年は免許証の名前を読み上げて、口角を上げた。何か、空恐ろしいモノを感じ、背筋に悪寒が走った。
「奥さんに、もう飽きたの? 駄目なひとだねぇ」
少年は、ポイと、財布と免許証を自分の背中側に放った。「これは要らない」。
そして、学生服の金ボタンをぷちぷちと外し、肩から滑り落とした。ベビーパウダーのような懐かしい匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。
「そんなに性交したかったら、頼んだらやってあげても良いのに。いきなり襲うからこういう事になるんだよ」
少年は陰った月の中、妖艶に笑った。
ほぅ、ほぅ、と、フクロウがどこかで鳴いた。
「これ、見て」
少年が俺の目の前に、左人差し指と中指を突きだした。
見るもんか、と俺は、むかりと腹を立て、目を瞑った。だが、少年に支配された沈黙の中、好奇心には勝てず、数秒で閉じた目を開いた。
少年の左人差し指と中指は、異様な形に変形していた。
「なんだと思う?」
俺は、今までに、そのような形をした指を見たことがなかった。
目で、分からない、と合図すると、少年は片頬で笑んだ。
「琴の弦を押さえた跡だよ。小さい頃から琴をやってるとね、弦で指が変形するんだ。お琴の弦は強いからね」
そう言って、すう、っと、少年はその指を俺の目の前に一度、横切らせた。
「見ようによっては、卑猥な形、してるでしょ?」
長期間の圧迫で、指の腹がキノコのように変形した指先は、確かに、勃起した男性器のようにも見えた。少年が、俺を煽る目的で言ったのかは分からない、が。
少年は、赤い舌を出して、自分の指を舐めた。指には無い、浮き出た『筋』を、舌先でなぞるように。
「いいでしょ、こんな風に、して欲しい?」
俺は、少年の行動を、劣情を帯びた目で眺めているとは、自覚していた。だが、下半身の感覚が無い今、性器と欲情が、連携を取れているのかは、不明だった。
「ああ、アソコで感じないとつまんないよね」
そう言って、少年は、俺の身体の『どこか』に触った。突如、俺の下半身に神経が一本立ち上がった。首から下、その他は、完全に感覚が麻痺しているというのに。しかもそれは増悪して、急激に熱を帯びる荒ぶり。
指を咥えた少年の手のひらへ、唾液が一筋、二筋、垂れた。俺は、その溶けた飴の行方を、飢えた目で追った。
「物欲しそうだね」、そう言って少年は、半開きになった俺の唇へ、自分の舌を差し込んだ。
若く、柔らかい舌だった。
俺は、罪悪感を伴った快楽に身を委ね、目を伏せた。この幼体は俺の舌をどう感じているだろうか。中年の、ざらついて不潔な、白黴の生えた蛞蝓を。
気をつけないと、俺は、少年の舌を噛み切ってしまいそうだった。この少年を食したら、きっと美味だ。このぷりりとした皮膚の下に流れる赤い血は、さぞかし甘美な蜜の味がすることだろう。そんな、倒錯的な誘惑の声が、脳内に流れ始めた。
少年は、ズボンの下からシャツを引っぱり出し、脱いだ。少年は、動けない俺のスーツも、引きちぎるように脱がした。
「触りたい? ……それは駄目」
少年は、俺から少し身体を離して、下半身の拘束を、全て解いた。
雲が割れて、月明かりが、少年の白い肢体と、熟れた桃色の乳首を艶めかせた。
風が、オレ達を囲む黒い影---竹藪と思われる---を、ざぁざぁ揺らした。
「ここ……どこだ」
俺は、かすれた声を絞り出して訊ねた。
「ふふ、知りたい?」
少年は改めて俺を跨ぎながら、地面に膝を付いた。その、土に汚れた白い膝に、俺は貪りつきたい欲求に駆られた。
「元、うちの屋敷があったところだよ」
少年は呟くように言って、俺の胸の上まで腰を進めた。俺の目の前に、硬くなりかけた少年の陰茎が、餌として提示される。だが、舌を伸ばしても首を上げても、絶妙に届かない位置にある。
先端の小さな割れ目から、分泌液が、とろりと糸を引いた。一滴も取りこぼしたく無い妙薬。かつて俺が無駄にした多くのモノの価値を、この少年は解っている。
俺が一滴でも注がれたかったその水を、少年は指の腹で掬って、自身の先端へ擦り付けた。
「あぁ……イイ……」
少年が、夜空へ吐息を漏らした。
◆
ぼくは、だらんと地面に横たわった男を見た。決して、キレイではない。老木ではないが、潤ってはいない。
丁度、むしゃくしゃしていた所だった。なにか無力なモノをがんじがらめにして虐めたい衝動に駆られていた。
そんなぼくの蜘蛛の糸に、この男は引っかかった。夜に一人で歩いていたのは、意図的ではなかったのだが。
倒れた男を引き摺り込んだのは、ぼくが生まれた屋敷跡だった。新幹線工事の為、家は移動し、今は何も残っていない。藪が深くて、あえて夜に近づく人間など居ない。
やっと舗装された田舎道の横、田圃の中にあるこの竹藪には、地元の言い伝えがある。
ここは、白い蛇が守っている土地だ、と。
実際、ぼくの母は、ぼくを出産するときに、天井の梁に、白い蛇を見たという。母だけではない。祖母も祖父も、この屋敷に住んでいた白蛇を目撃していた。その白蛇は、赤子だったぼくの隣に、よく丸まって眠っていたとか。ぼく自身はそういった類の話は御免だが、狭い世界に生きる血縁者達は、「お前の守り神は白蛇様だ」などと、ゾッとすることを言う。
今、「そいつ」が生きているかは知らないが。
屋敷は一度解体して、別の場所に建て手直したが、父は「しっくりこない」という理由で、別邸の洋館へ本家を移した。元屋敷が有った竹林と、現在住んでいる洋館は地続きのため、駅への行き帰りは、常にその横を通ることになっている。
ぼくは、自分の手帳からコンドームを出した。
それは、---少し特殊な---濡れ辛いタイプの為に、ゼリーが多めについているゴム。中身を傷つけないように歯でちぎって、必要なゼリーは手の中へ入れ、後は男の腹の上に置いた。薄いピンク色の物体が、男の呼吸で小さく震えた。
「ひ……っ」
ゼリーを男の陰茎へ擦りつけると、男は小さく呻いた。
セックスをしたくて、したくてどうしようもない、性欲の塊。この、下品でいやらしいエネルギーが、ぼくは大好きだ。
身体が欲する『栄養』を摂取する為に、ぼくは性交する。だから、相手は強いエネルギーを有したモノがいい。この男はずっと付き合うには弱すぎるが、一度ぐらいなら、満腹になれそうだ。ぼくは、手を股の下へ回し、腰の角度を変えた。
最後に『他人』を受け入れてから、そう時間も経ってないので、穴は良い具合に柔らかくほぐれている。
「入れてよ」
身体を後ろへずらしながら、腰を浮かせると、男は、屹立した陰茎の皮をヒクつかせた。この愚かな雄の精子は、ぼくに卵子があると幸せな誤解をしている。ぼくの腸内で、全て死に絶える運命だというのに。
ぼくの身体は、男をゆっくり飲み込んでいった。
ぼくは、入り口で一度、挿入物を出し、男の傘で、自分の内側を掻いた。ぼくが好きな場所の一つ。耳の辺りに熱が上がって、身体が小刻みに震える。力むのを抑えて、大きく息を吐きながら、ぼくは、じっくりこの快楽を味わった。自分の身体が、大きく波打ってるのを感じる。
男は、唇を噛みながら、呻いた。
「どぉ?…キモチイイ?」
ぼくは両膝で重心を支えて、身体を上下に動かした。内壁との間に、飽きない非対称な摩擦が起きるよう、少し角度を変えながら。
男は顔をしかめて横を向いた。息が荒い。眉間の血管が赤く浮き出ている。すぐ射精しない為の努力を、この男はしているのかもしれない。
バカだね、この男は。吸い取られる相手に、気を使うなんて。
男のモノは意外と良かった。勃起するまで、相性は分からない。形状に関しては、経験上、思い入れのある相手の方が不具合が多くて。こういう行きずりの方が、良かったりするのが、少し悔しい。
「……はぁ」
ぼくは男の顔へ擦り寄るようにして、甘ったるい声を上げた。簡単な興奮剤だ。男にもっとエネルギーをつくり溜めて欲しかったから。案の定、男はますます興奮して、顔を赤らめ充血した目でぼくを見た。
ぼくは、頭を振った。酔わなければ、ぼく自身もうまく男を喰えない。一種のトランス状態に入って、普段は開かない門から、その滋養を取り入れるのだ。汽笛のような、耳鳴りが始まった。少しずつ、そのゾーンが、解錠されていく。
静かな夜のはずなのに、ほくの耳には、水分を含んだ摩擦音も届かなかった。心臓の鼓動が早くなるにつれて、耳鳴りも強く、大きくなっていく。クリティカルな部分を突き続けるリズムがスピードを増し、全ての感覚が狂ってくる。
「っあ……は……っ」
ぼくは息苦しささを覚えて、口呼吸をした。
おかしくなりそう。
おかしくなりたい。
狂いたい。
ぼくは、汗ばんだ顔に、髪がへばりつくほど、更に頭を左右に振った。ぐらぐらと、視界が歪む。暗い藪の中に、鮮やかな色とりどりの、「点」が見えてくる。出口は、アレだ。
ぼくは、自分のモノを自分の手で擦りあげた。別に、前でも後ろでも、イかなくたっていい。だけど。
見せつけてやりたい、この土地の守り神とやらに。
愚かで野蛮な行為を。
「……う……んっっ……!」
ぼくは、射精した。手で押さえたので、飛び散りは最小限に収まった。
男はまだ出していない。腹の中にある感触は、硬く太さも保ったままだ。
ふと、ぼくは、何かが来る予感がして、男の放出を促す運動を止めた。
男と繋がったまま、藪の中を凝視する。
耳鳴りが止んだ。
風の音が聞こえた。
藪の奥から、何かの存在がやってきた。
かさかさ、かさかさ、と。
それは、人間が足で立てる音ではない。
地を這うモノが立てる音。
蛇だ。
白い蛇。
大きさは、ぼくの腕より細いぐらい。赤い目に、赤い舌。
濡れてもいないのに、金属的な光沢を保った肌が、月光に光る。
白い蛇は、自分以外の生物の存在に動じず、すう、と一直線に、ぼく達の方へ来た。
何をされるかな、とちょっと期待した。
白蛇は赤い舌をちょろちょろ出しながら、ぼくの右膝に頭を寄せて来た。
太股を這い上がり、首をぐぐぐと伸ばすと、腰骨から背中を一周して巻き付き、頭を僕の正面に向けた。蛇は見た目より意外と軽かった。
艶めいた鱗の感触は、「ああ……」と本気で声を漏らすほど気持ちが良くて。
蛇に、全身を巻き付かれて、ぼくは動けなくなった。恐怖ではなく、痺れを伴った快感で。
蛇は、ぼくを、時折きつく締め上げた。その度に、快楽の波が迫り上がり、ぼくは悦びに細かく震えた。このまま、縛り上げて、ぼくを消してくれたらいいのに。
「……あっ」
ぼくのうなじに蛇の舌が当たった。肩に蛇の頭を感じた。舌を出し入れする、繊細な音が聞こえた。
「……」
ぼくは、蛇を横目で見て、それから目を閉じた。
ああ、この蛇は。
……ぼくを、噛む。
蛇は黙っていた。
何か意思を伝えようとする挙動もなかった。
30秒程、停止した後、蛇は、ぼくの首筋へ思い切り噛みついた。
頭以外の巻きつきがほどける程、勢いよく。
皮膚の破ける音が、闇に響いた。
ブツッッ!!
◆
「んっ……」
ぼくは、様々な不快感から、身体をビクンと震わせて、目を開けた。
首周りに、ベタベタした汗をかいている。首筋に、ヒリとした軽い痛みを感じたが、手で軽く触れたら、直ぐ消えた。
夕刻の旧い洋館。義理の兄の部屋に、ぼくは居た。西陽が年代物の窓枠から差し込んで、部屋を暗いオレンジ色に染めている。
上半身を上げると、ガサガサと硬めの布地が鳴った。このシーツは硬いから嫌いだったけれど、撥水性があって洗えるからと、義理の兄が用意したもので、仕方なく使っている。
その義兄は、ぼくが目を覚ましたことに気づき、机から立ち上がった。そして、サイドチェストにある厚手のウエットティッシュを取って、ぼくの横に座った。
「大丈夫か?」
義兄は、ぼくの腕や脚という、当たり障りのない部分から、『精液』を拭き始めた。
義兄とぼくは、そういう関係じゃない。義兄にそんな性癖もない。
だから、義兄は、ぼくの股間や、紅潮しグズグズに崩れた穴から、目を逸らしていた。まるで、目を逸らせば、そこに犯された跡が存在しないように。
義兄は、後妻の連れ子だ。
ぼくの実家は、その地方では名家と呼ばれる家柄。そこへ、都会から来た子持ちの女が、本家の長である、ぼくの実父に嫁いだ。
田舎の集落は、残酷な場所だ。義兄が来たのは、繊細な思春期。義兄は、嫉妬と差別から、学校で虐められた。
ぼくは、遡れば華族に連なる前妻の子で、その小さな世界の中で、生まれも育ちも、田舎カーストの『上流』だった。
ぼくは、同じ年頃の学生から、『憧れ』と同等か、それ以上に嫌われていた。ぼくは、誰がぼくを呪おうと、別にどうでも良かった。そんなもの信じていないし、彼らがぼくを嫌悪する、反対の意味も良く知っていたから。
それに、ぼくを直接、傷つけると、家同士のトラブルになる。力関係がハッキリした狭い世界でのもめ事は、生活する上で致命的だと、子供でも理解していた。
だから、不満の矛先が、外から来た義兄に向けられた。陰湿な虐めは、大人が簡単に見分けられるものではない。その世界にいないと、その一線は分からない。
義母も、『東京の夜の尻軽女』という噂を払拭し、集落に馴染もうと必死だった。実父より若い義母は、師範格の親戚に手習いを乞い、村の集まりには積極的に参加をした。義母が父に嫁いだのも、地域に溶け込もうとしたのも、ひいては義兄の為だったが、今現在、苦悩している息子は守れてはいない。そして、義母も義兄も、帰る場所はもうない。
ある春の放課後。
義兄は、自室に上がり込んだ友達(という名の脅迫者達)と、折り合いをつけた。
義兄に絡む三人の友人は、よく勉強会と称しては、義兄の部屋に集まった。知識欲より性欲に飢える年頃である。
ネット環境は、父の指示で使用人が監視しているし、クレジットカードなどないから、そういう系の有料動画サイトもみることが出来ない。通販で何かを買うのも、全て家人や近隣に筒抜けだ。
それらを欲して、いくら三人が義兄を脅迫しようとも、芋づる式に関係者がバレる。そうなれば、本人だけではなく、一家で集落の笑い者だ。
そこで、義兄の義弟であるぼくに『女の役』をさせろ、と、誰かが言い出した。
元々、三人のうちの誰かがそういう狙いで、他の二人を誘導したのかもしれない。
そもそも、ぼくが男教師とデキている、など、薄っぺらい噂も流れていた。だが、一部の男子は、それを真に受けるほど、性欲で正気を失ってた。
跡取りを優先した結果、男女比がいびつな集落。その危険性を察した娘を持つ親は、この場所よりは多少まともな、親戚の所へ娘を預けている。
消去法で、ぼくが『女』のロールを背負わされても、仕方がない部分はあった。
義兄からの頼みに、ぼくは応じる事にした。
ぼくにもぼくなりの伏せた考えがあったから、単なる被害者ではない。
ぼくが三人を接待することで、義兄は虐められなくなる。三人は欲望を満たす。ぼくは、従順な振りをして、三人の歴史に汚点を着ける。大人になっても、ぼくに逆らえないぐらい、真っ黒なシミを。
承諾してから、『勉強会』は、直ぐに始まったが、ぼくは、少し特殊に生まれついたので、三人の下らない行為に付き合うのも、それほど苦ではなかった。
それに、一番、苦しんでいるのは、それを自室で見せつけられ、部屋の隅で、青い顔をして震える義兄だと、知っている。
守るべき義弟を保身の為に売り、かといってその場から逃れるのを許されず、罪を犯した罰として、物理的な後始末もしなければならない。
「もう……、皆、帰ったの?」
ぼくは、捨てる前提で近くにあったタオルを手に取り、腹の上の精液を拭いた。そんなもので、粘着力のある独特の感触は、取れるものじゃないけれど。
「皆……、皆っていうか……今日は、二人しか来なかったけど……」
「あ、そうだったの?」
ぼくは、今日の『会』が何時に始まって何時に終わったのかも、興味がなく記憶していなかった。
「うん、……えっとあの、もり……」
「いいよ、名前言われても、覚えてないし」
言葉を遮ぎると、義兄は少し、怯えた顔になった。ぼくが、怒りを抱えていると、義兄は思い込んでいる。
違うのだ。
あまりに平凡で退屈で、この件に関すること全てが億劫なのだ。
刺激を刺激と感じる沸点が違いすぎる。
「……ごめん。……えっと……」
義兄は無理に言葉をつなげた。不安を緩和させたいのだと分かった。弱いひと、なのだ。
「……一人、一か月ぐらい、原因不明で……体調悪くて休んでる。町医者じゃ原因分からなくて、一度市内に検査しに行って、……入院かもしれないって」
ぼくは、一瞬、手を止めた。その微動に、気づくような義兄ではない。
義兄は、その後も、付帯する情報を話していたが、ぼくの耳はすっかり閉じていた。
腹の底に、湧き上がる快感と、可笑しさ。
今、笑い出したら、義兄は、ぼくが気が狂ったのではないかと思う。
ぼくは別に、週に一度、ぼくを犯しにくる男達に憎しみはない。
憎しみという感情を持つことさえ、エネルギーの無駄だ。
「ふ……ふふ……」
抑えきれずに漏れた笑いに、義兄はぎょっとしてぼくを見た。
声を小さくしようとした反動で腹筋が押され、誰かに注ぎ込まれた精液が、ずるりと出た。ぼくは塊りを掻き出し、指先で糸を引く液体を玩んだ。
「ねぇ、義兄さん。……そういえば、あんまり話したこと、なかったね。うちの色々な歴史……」
「う、うん……」
義兄は、状況が飲み込めないながら、神妙な面持ちになる。一応、年齢からすれば、義兄がこの家を継いでもおかしくない。義母もそれを折り込み済みで、二人で密かに話しているのだろう。
ーーー力を持てば、虐められずに済む。
義母が嫁いで来たのは、父に対する純愛だったかもしれないが、集落の現実を知った今、義母は頭を低くしながらも、燃えるような野心を胸に抱いている。
ーーー力を持てば、踏みつけられずに済む。
義兄も、『義弟がいなくなればいい』という悪が、心の隅で、蜷局を巻いている。
ぼくを売った残酷さで、いつか義兄は、秘めた計画を実行し、ぼくが元々存在しなかった人間のように、体裁を整えるだろう。
だけど、ぼくはそんな事、どうでも良かった。
「どっから話そうか……そうだね」
ぼくは、自分の首筋に、濡れた指を這わせた。精子の死骸が、肌をゆっくり伝った。
あの時の、白蛇のように。
「……ぼくが生まれた屋敷、いまは竹藪になってるんだけど。…義兄さんが来る前、そこで殺人事件が起こったんだよ。……死んでた男は全裸でね、腹上死じゃないかって噂だったけど、相手が見つからなくてね……噂だよ……?見つかった時には、骨が透けるほど、痩せこけた状態だったって……」
ぼくは、笑いを堪えきれずに、話し出した。
(了)
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