写真家は、今日も撮る

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写真家は、今日も撮る

ある有名な写真家は、写真を撮る理由を 【自らを彩るため】と言った。 彼にとって認識外の人々はそのたった一言にああだこうだ勝手に講釈をつけて写真家を持て囃している。 写真家には一切届かない言葉と振る舞いで。 『いやあ、実に素晴らしい。何気ない日常の風景なのに、魂を大きく揺さぶられますな。変わらぬ日々が彼にとって血となり肉となり、また次の作品を生むのでしょう』 『違いない。次回作も楽しみですな』 ため息をつき、一呼吸。過ごしやすい気温にも関わらず心底気だるげにテレビのリモコンに手を伸ばし、暗くなったテレビには見向きもせず一人写真家は眠そうに 「一応見てみたけどいつもの論調と変わらず。ま、どうでもいいか」 と呟く。 写真家は思う。自分の世界から色が消えたのはいつだったろうか、と。 写真家は思い出す。色が消えてから自暴自棄になったこと。周りが色づいていないだけでこんなにも人は絶望する事が出来るのか、と自嘲したこと。生きているという実感が日に日に薄れていったこと。初めは心配していた友人も段々自分を腫れ物のように扱い始め、離れていき誰もいなくなったこと。 写真家は感謝する。ある日いよいよ身辺整理するか、と押し入れを片付けていた際に偶然見つけたアルバムを開き、写真が色づいていた事実に。 写真家はシャッターを押す。自分の鼓動を。温度を確かめるために。世界の色彩を思い出すために。 写真の中で文字通り自らを彩り、生きていくために。
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