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「美波くん、来てたんだ」  後ろから不意に声がした。部長だった。いつの間にか部室に来ていたようだ。今呼ばれた「美波」は僕の名前だ。下の名前。フルネームは「葉山 美波」。男なのにこんな名前だから「どんな美女かと思った」とよく言われる。名前だけで美女を期待しないで欲しい。美女みたいな名前は美女にしかつけちゃいけないのか。醜い人間は醜い名前がふさわしいとでも言うのか。そんな考えあんまりだろ。こんな名前なのに普通の男で申し訳ないとか僕は絶対言わない。この名前は気に入っているんだから。部誌にも本名で作品を載せているけど、ペンネームだと勘違いしている、もしくは女子だと勘違いしている部員は少なくなかった。今でも勘違いを続行している部員は結構いると思う。  部長は図書室のラベルがついた本を何冊か抱えている。 「図書室でなにか借りてきたの」 「ああ」  僕の言葉に相槌ちをうった部長は、僕の斜め向かいの席に座って、そのまま読書を始めた。部長は同じクラスの男子だから、わりと話しやすい。教室でわざわざ話したりはしないけど。  部長は、いかにも文学少年といった感じの人間だ。僕と同じような風体をしている。細身の眼鏡。中身は、ひどい言い方なのを承知で言うと、僕が「こうはなりたくない」と思っている人間像そのものだった。僕と部長はぱっと見の姿が似ているだけにそう思う。いつも小難しい本を読んでいて、わかりやすい本を読んでいるやつをわかりやすく軽蔑している。ラノベなんて滅びろと思っていると思う。部長自身が書いている小説もやたら難しい漢字が多くて、なのに書いていることは結局僕らの世代が皆考えていそうなことを書いている。いつも暗い面持ちで学校生活を送っている彼にはいわゆる「心の闇」があるわけだが、その闇の正体は、とどのつまり「モテない」なのだ。好きな女に相手にされないので病んでいるのだ。部長は僕よりも勉強ができるけど、どんなに賢くてもモテないと、心には影が差すんだな、と部長を見ていると思う。  散々な言い方をしてしまったが、部長にもいいところはある。いつもきっちり部誌をまとめてくれるし、部員が書いた文章の誤字脱字はさらりと訂正してくれる。毎日最初に部室に来て部室の鍵を開けて、ちゃんと戸締まりして最後に部室を出る。部長としては立派だ。ただ、月一で、みんなが書いた作品の感想を言い合う日があるのだが、そのときの批評がいちいち嫌味たらしいのは直してもらいたい。部長にネチネチ言われて作品を提出しなくなった部員は結構いる。僕は聞き流しているから大丈夫だけど。          
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