光る魚と虹色の雨

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 あの日から約一ヶ月が経った。彼女は三週間前にこの世界から消えた。  彼女の葬儀には彼女の望み通り、おれが撮った写真を飾らせてもらった。そのなかに彼女が映った写真はない。並ぶはどれも、夜空を周る四季折々の星の写真ばかり。それでも彼女の父親と母親には泣いて感謝までされた。  おれは今、彼女の代わりを果たすためにレンタカーに乗って山に向っている。長い昼寝をしてきたので眠くならないという過信は、走るゆり籠にうとうとした。四時間ほどで山のなかの駐車場に到着し、秋の夜空へ下った。目覚めたての頭に冷たい空気が刺さる。  おれはかつての彼女に倣って星空を見上げた。遮蔽物も光も雲もない。天体撮影には打って付けのロケーションだ。目が暗闇に慣れ、彼女に教わった星の見つけ方と星座のガイドブックを片手にして夜空をなぞる。  天馬が西に傾いている。天上には海豚(いるか)(うお)、鯨が泳いでいた。彼女が秋の星空は海になると言っていたことを理解した。フォーマルハウトは見つけられなかった。  おれはスマホのマップを頼りに、本当の目的地へ向かった。いつか相棒に写したかった風景をフォーマルハウトと一緒に撮りに行く。  満月のうちに、そして朝陽の予兆を感じる前には撮り終えなければならない。おれは急いで山道を踏んだ。  夜の山は鬱蒼としていて、それ故の魅力が漂っている。草木は自由に伸び、木の葉は風に好き勝手揺らされる。月光の葉漏れ日が道を照らし、この孤独な時間がなんとも言えず、おれは色なき風の中で微笑した。  木の葉の隙間から漏れる星芒を眺めてふと、おれは彼女がいつか話していたことを思い出した。人々がまだ星を頼りに夜を旅していた時代の話、夜路に迷うことを『星に騙される』と言っていたらしい。  今はスマホのおかげで星を見なくても路がわかる。文明の利器には頼っておくものだとつくづく思うのは、この時代に生まれた者の特権かもしれない。気まぐれに現れる標識にも頼って、足取りは微かな不安をも忘れた。  やがて水音が近くなって、月の傾きも理想通りの路を辿る。あと少しのところで足元に柚香菊(ゆうがぎく)が咲いていることに気づいた。  月光に照らされ、これもまた風に好き勝手揺らされる。白い花弁の広がりが彼女の腕と重なって、この風景に吸い込まれそうな幻想に誘われた。彼女のお土産にしよう。そう思って、シャッターを切った。  おれは立ち上がって、月光と星空の広がる方へ爪先を向けた。
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