光る魚と虹色の雨

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 夕立が過ぎ、虹が架かって薄明になった。  地平線に太陽がゆっくりと隠れていく。慣れた夏の湿気を窓から入り込んだ涼風が拐っていく。もう夕方も長くない。彼女は病室の窓から陽炎のような星空を眺めていた。 「冬までには生きたいなぁ」  それは彼女がもう長くないことを物語るように、彼女の口癖になっていた。その傍らでおれは相棒を両の掌で戯れていた。 「今日は何を撮ってきたの?」 「それが、最近撮れてないんだ」 「ふーん……なんで?」  おれは答えなかった。沈黙に烏が鳴いて、彼女はまた空を眺めた。 「もう秋だね。天馬(ペガサス)もそろそろかな」 「そうだね」 「秋の星座って好きなんだ」 「なんで? 星座なら冬のほうが綺麗じゃん」 「たしかに夏や冬より見劣りするけど、秋の星空はね、海になるの」 「海?」 「そう、海」  彼女は空から目を離して、両の掌を結ぶように握って冷たい天井に伸ばした。 「秋はね、魚が夜空を泳ぐ季節なんだよ」  手を解いて、彼女は両の掌を空に広げた。空を吸い込むような、空に吸い込まれそうな彼女にレンズを向けた。 「また盗撮する」 「盗撮じゃない。シャッターチャンスだ」 「またそうやって屁理屈言う」  ふふ、と少し笑い飛ばした。 「遺影。君に撮ってもらえてよかったよ」  彼女はまた空を見た。明星がぼんやりと灯っていた。 「私のお葬式に君の撮った写真並べてよ。お父さんもお母さんもきっと喜ぶ」 「君の写真は遺影と数枚しか撮ってないよ」 「私の写真じゃなくて、君が撮った写真がいい」 「おれが撮った写真?」 「そう。君が私のために撮り集めた写真」  理由もなくおれは少し笑い飛ばして、掌にすっぽりと収まった相棒と戯れた。彼女が今ここにいること、消えてしまいそうな光の一瞬をこいつはずっと覚えている。  彼女は天井を見上げた。長く、細い髪が地に向かって垂れる。 「今年も見たかったな。フォーマルハウト」  その耳障りの悪い名前の意味を聞こうとしたとき、彼女の口が先に開いた。 「ねぇ。もし私が秋まで生きられなかったら、私の代わりに見に行ってよ」 「フォーマルハウトを?」 「うん。綺麗だよ、フォーマルハウトは」  そう言って彼女はまた空を見た。その瞬間に掌が痺れ、レンズを彼女に向けていた。 
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