1. 朝

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1. 朝

 そーへー、ご飯よー。  母の声が朝の調理の音にまぎれて遠くから聞こえてくる。起こすための呼びかけのはずで、実際それできちんと目を醒ましている割には子守歌のように心地いい。  毎回思うのだけれど、自分でつけた名前のくせに母の読み方は「そーへー」に近い。想平、という漢字変換が頭の中でされているのかちょっと疑わしいのである。べつにどっちでもいいけどね。父はちゃんと漢字で呼んでくれるし。  十二年間苦楽を共にしてきた掛布団(本当はもっと短いと思う)との別れを惜しむようにぎゅうぎゅうと抱きしめて戯れてから、僕はベッドから起きだしてパジャマのボタンをはずしていく。ミルクの匂いがする気がしたけど、たぶん僕が飲みたいだけだ。のどが渇いた。トーストも食べたいな。残念ながら我が家の朝食はザ・和食で、そんなオシャレな朝ご飯は母が何かで浮かれている日曜日の朝くらい。推してるアイドルのライブに行くとか、推してるアイドルのイベントに行くとか、推してるアイドルが誕生日とか。最後はちょっと意味がわからなくない? 僕の誕生日だって朝は鯵の開きなのに。  学校の制服に着替え終わると指定鞄を持って居間へ降りる。私服登校の小学校がずっとうらやましかったけど、この制服もあと一年も着ないのだと思うとちょっと寂しい気もした。
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