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2. 登校
振り返ると、裾穂さんが小走りで僕を追い抜くところだった。落ち着いて歩いていればもっとおしとやかな音が鳴るはずの鞄の鈴をにぎやかに鳴らして、挨拶もないまま駆け抜けていく。二つ結びの髪の毛がスローモーションで僕の目の前を通り過ぎて行った。
「す……か、かなめちゃん」
勇気を振り絞って名前を呼ぶけどきこえなかったみたいだ。制服のスカートが歌うように揺れて、それは彼女が遠くへ行くための翼のようだった。百戦全敗。うーん、さすがに何回挑戦したかまでは覚えてないけどそのくらい、僕はあの子へのアプローチに失敗している。
裾穂さんはクラスでも一番の成績で、有名私立中学への進学が決まっていた。まだ夏なのに、だ。中学校のほうが彼女を欲しがったみたいで、早期受験なんてそれらしい都合のいい名前をつけて春先にテストをし、合格です、と通知を送った。そうだって、どこのお母さんも言ってる。別の学校に先を越されたくなかったみたいだけど、これから受験に喘ぐ僕らを置いて進路が決まってしまった彼女は、むしろ自由を奪われた小鳥みたいにも見えた。僕らはまだ、曲がりなりにも自分で選んで決めることができるのに、裾穂さんはそうじゃないのだ。
学び舎につくと僕は中間よりすこし後ろの席に座る。成績順だから、僕はクラスではそんなに頭がよくないということだ。左端の先頭が首席で、そこに裾穂さんが座っている。寡黙で、たぶん友達がいなかった。寂しくてかわいそうなのではなく、彼女が必要ないと思ってそうしているように感じている。だからもしかしたら、僕が声をかけているのも本当は気づいていて、あえて無視しているのかもしれなかった。それはちょっと辛すぎるのであんまり考えたくない。
ホームルームが始まるまでにタブレットを起動して今日の授業の準備をしておいたほうが後々焦らなくて済むのに、僕はいつも裾穂さんのことばっかり見てて、引き出しを開けるスティックキーすら鞄にいれっぱなしだ。
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