91人が本棚に入れています
本棚に追加
放課後。
いつもと同じように、田所君のお誘いを断り、僕は教室を出て行った。
今日は蝉の鳴き声も少なく、その代わりに人間の声がよく聞こえる。蝉時雨ならぬ人時雨。
蝉の鳴き声も鬱陶しくはあるけれど、人間の鳴き声よりかは幾分かましだと思える。
蝉の鳴き声は聞いていると何だか温度が高く感じられて暑くなってくるけれど、人間の鳴き声は聞いているだけで不快だ。
夏が過ぎれば人間も黙ってしまえばいいのに、とそう思ってしまう。
横断歩道にたどり着いた。
昨日、何故だか導かれるように左に曲がってしまった横断歩道。
僕の家は、右だ。頭の中で、強く言い聞かせる。今日は必ず、右に曲がる。僕には、あの幽霊屋敷に赴く理由など、微塵もないのだから。
赤信号。僕は、固唾を飲んで青になるのを待つ。
いっそ、走り抜けてしまおうか。ゆっくり歩いていたから、知らずとあの幽霊屋敷に誘導されていたのかもしれない。全力疾走で横断歩道を抜け、右へと走り去ってしまえばいい。
もしも本当に、何らかの力が僕を左側へ導いているのだとしても、全力疾走で駆けていれば、それに抗えるはずだ。
よし。
車道側の信号が、変わる。
まもなく、歩道側の信号も、赤から青に変わるだろう。
足に力を込め、構える。信号が、赤から青へ。
僕は、全力で走った。コンクリートが砕けるのではないか、というほどに強く蹴り出した。横断歩道を抜け、僕の身体は右へと曲がる。
右へ。右へ、右へと――――。
「おわっ! 今日も来てくれたんだね、妖怪さん」
満面の笑みを見せる、幽霊少女。
昨日と変わらず、真っ白なワンピースを身に着けている。
存在が透き通っているような印象を与える彼女は、今日も庭園の中にいた。
「そんなに汗だくになっちゃって。もしかして、走ってきたの? いやあ、照れちゃうなあ。そんなに、あたしに会いたかったんだ。あれえ? もしかして、あたしに一目惚れしちゃったとか?」
門の向こう側で軽快に笑う彼女。その姿を見ながら、僕は荒れる呼吸を整える。ゆっくりと落ち着きを取り戻し、そして。
とりあえず、自分の足を叩いておくことにした。
最初のコメントを投稿しよう!