第二話 過ぎ去っていく時の中で

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 彼女に招かれ、僕は門の中へと入って行った。  庭園に広がる一面の花が、心地良い香りを運んでくる。  目前の巨大な建物は、確かに幽霊屋敷と呼ばれてもおかしくないほどに所々傷んでいて、不気味な様相をしていた。けれど、この庭園だけは、まるで別世界のようだった。  幻想的で、光り輝いてる。そんな気がした。 「まずは、自己紹介だね。あたしの名前は、木原(きはら)(れん)。よろしくね」  花を背景に、少女は笑った。より一層、庭園の輝きが増したような気がしたけれど、気のせいだろう。 「僕の名前は、気差(けさ)(らん)」 「あははは。変な名前!」  軽快な笑い声。それに呼応して、花たちをも笑っているかのように揺れ動く。一陣の風が、僕の身体を吹き抜けていった。  それにしても、よく笑う人間だ。 「はあはあ――あはは、ごめんごめん。そんなむくれた顔しないでよ」 「――え?」  むくれている? 僕が?  自分の顔を自分で見ることなど鏡もなしに出来るはずもないので、確認することは出来ないけれど、信じ難いことである。  僕は現状、何も感じてはいないのだ。  ただの――無。  呆然としながらこの場にいて、表面だけの言葉で彼女と対話しているのである。  むくれ顔など、そんな感情を露にしたかのような表情を、僕がするはずがないのだけれど……。 「で、欄君はあたしに何か用なのかな? まさか、本当に惚れたってわけでもないでしょ?」    それは、こちらが聞きたい。  ここに来た理由、それは僕が一番知りたい。  真っ直ぐ家に帰るつもりで、僕はあの横断歩道を全力で駆け抜けた。けれど、心に反して僕の身体は、この屋敷へと来てしまったのだ。  まるで、何かに導かれるかのように。  と、一つの解答に至る。  もしかしたら、時が来たのかもしれない。昨日の今日で、あまりにも速すぎて考えが向いていなかったけれど、冷静になってみれば、彼女に幸福をもたらす時が来た、ということなのかもしれない。  だから僕は、意思とは関係なくこの屋敷へとやって来た。それなら、得心が行く。何も疑問を抱くことはない。  
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