第二話 過ぎ去っていく時の中で

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 不思議だ。  病に冒されている彼女は、常に死と隣り合わせだというのに、そこから回避することを一番に望んでいるわけではない。  生物なら誰だって、死を恐れるはずなのに。  僕だってそうだ。しかし、困った。これでは、埒が明かない。  望みがないというのは、恐らく彼女の嘘だとは思うのだけれど、僕にはその嘘の中から真実を導き出す術がない。年頃の女の子特有の警戒心なのかは知らないけれど、こうも望みを言わないとは思いもしなかった。    時は無慈悲にも、流れ続ける。    彼女も僕同様、このままでは状況が停滞したままだと悟ったようで、ある提案をしてきた。 「そうだ! あたしには自分の望みが分からないから、欄君が変わりに見つけてよ!」 「僕が?」 「うん! あ、こうしよう、欄君はあたしに幸福をもたらす為にあたしの望みを探す。そして、あたしは欄君に幸福をもたらす為に欄君の望みを探す。どう?」  彼女は、白い歯を煌かせた。  僕の……望み? 「欄君は人に幸福をもたらすと、また赤ちゃんになっちゃうんでしょ?」 「ああ、そうだよ。そしてまた、新しい生をはじめるんだ」 「――それって、幸せなの?」 「…………?」    幸せだとか、そんなこと考えたこともなかった。  人間に幸福をもたらし続けるサイクル、それが僕の役割で、生きる意味で、幸せだとか、そんな感情で推し量るものではない。    僕は、唯一この生の中で行っている事柄に関しても、何ら感情を抱いていなかった。 「答えられないところを見ると、不満あり気だね。よし、じゃあ決定。あたしは欄君の為に、そして欄君はあたしの為に、互いの望んでいることを探す。そうと決まったら、これから毎日会いに来てもらわないとね」    彼女は、半ば強引に決定付けた。普段ならば何を勝手にと、文句の一つも言うところだったのだけれど、どうやら今日の僕は疲れているのかおかしかった。  彼女の強引な決定に、否定的な思いを抱くことなく、むしろ、気分が高揚していた。 「じゃ、また明日、欄君。これからよろしくね」    日も沈みかけ、そろそろ帰ろうと門に向かった僕に、彼女は歩み寄り手を振った。 「ああ、また明日。ええと……」 「(れん)、でいいよ」 「じゃあ蓮。また明日」    僕らは互いに、近い距離で手を振り合う。  僕はこれから、目前にいる一人の女の子の望みを探し出し、幸福をもたらさなければならない。  三種の前例と比べて、いささか面倒な事になってしまったけれど仕方ない。    それにしても。    僕は、思った。  一人、屋敷を後にして彼女の深層にある望みを考えながらと同時に思ってしまった。    僕にとっての幸福とは、なんだろう――と。
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