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ある夏の日。
コンクリートさえも溶けてしまうのではないか、と思わるほどの炎天下。
降り注ぐ蝉時雨の中、僕の通う学校では、幾人もの人間が叫んでいた。歓喜の叫び、である。
本日より、プールの授業の始まったのだ。
歓喜の雄たけびを上げている大半は、男子である。僕も一応、雄ではあるのだけれど、残念ながら喜ぶ理由がいまいち分からない。まあ、分かったとしても、こんなみっともない真似は出来やしないが。
クラスの男子の中で唯一、僕は呆けたまま座っている。
「欄君。何を不思議そうな顔をしているのでござるか? プールですぞ? プールの授業が始まったのでござるぞ?」
クラスメイトの田所君は、相も変わらずの独特なござる口調で、僕に話しかけてきた。
彼の眼鏡がきらり、と輝いている。
「それは知っているけれど、分からないんだ。どうして皆、そんなに嬉しそうなんだ?」
「欄君……本気で言っているのでござるか?」
怪訝な顔を見せてくる。僕も彼に呼応して、眉根を寄せる。
互いに理解が出来ない、といった感じだ。
しかしまあ、とは言ってもこの場合、周囲の状況から考えるに田所君の反応の方が正しいのだろう。
人間ではない僕の反応が、人間社会において正しい可能性は、人間が見せる反応と比べれば雲泥の差である。泥にまみれるのは、僕の方なのだ。
田所君は目の前にあった僕の椅子の上に立ち、片足をこれまた目の前にあった僕の机の上に乗せた。
何してくれてんだこの野郎、と思うや否や、彼は天井に向けて拳を突き上げ、声高に叫んだ。
「プールの授業と言えば、何でござる? そうでござる! 水着! 女子たちの露になった珠のような肌を、法に縛られることなくこの双眸で見ることが出来る! こんな世紀の一大イベントに、テンションが上がらず何が男子か!? 否、それは男子ではない! ゴミくずである!」
田所君の叫びが、教室を揺らした。
彼の言葉に続くように、クラス中の男子が手を叩き始める。音は巨大な波となって、教室を飲み込んでいく。
そんな中。
クラス女子たちはというと、男子の様子を横目で見ながらなんとも言えない表情を見せていた。
刃物で突き刺してきているような痛みを感じる。
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