第一話 少女との出会い。

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再び散策を開始する。購買の前で足を止めた。  そういえば、新作のパンが入荷していたのだった。別にパンの味が好きというわけでもないのだけれど、食事、という行動においてあの手軽さはあなどれないものがある。  というわけで、チェック。  僕は購買のおばさんに声をかけ、新作のパンはどれか尋ねた。おばさんは透明のパックが数個重ねられているワゴンを指差し、「これ」と言った。  愛想がない、それもまた僕にとっては共感できる部分だ。  わざわざ他者に対して愛想よくするなど、生きていく上で不必要極まりない。無駄な労力としか、思えない。  僕は愛想のないおばさんに、愛想なく透明のパックを渡し購入の意思を伝える。おばさんは、無言でそれに応えてくれた。  新作のパンを購入した僕は、中庭のベンチに腰掛けて、透明のパックを膝の上に置いた。パックの上部には『手作りサンドウィッチ』と書いたシールが貼られている。 ――はて?  サンドウィッチとは、なんだろうか?  食べ物であるという知識はあるのだけれど、それがどのような形をしていて、どのような食べ物なのかを僕は知らなかった。  基本的に僕の食事は山菜や木の実なんかが主流なので、正直なところ人間社会の食べ物に関してはあまり見識が広くはないのだ。パンもこれまで手軽さゆえに食べてはいたけれど、食べた種類はそんなに多くはない。  僕は恐る恐る透明なパックの蓋を開け、サンドウィッチであろう物を覆っている紙をのけた。  その紙の中からでてきたのは、白いパンで肉やら野菜やらを挟んだ物体だった。  計三個。並んで配置されている。  一つを手に取った。これには、ハムとレタスが挟まれている。  戻して、その横を手に取る。これにはいちごジャム。  戻し、そして更に横のを取る。これには、マヨネーズと卵を混ぜたものが挟まれている。  なるほど。パンで何かを挟んだ食べ物を、サンドウィッチというのだ、と理解した。  では、実食。まずは、ハムとレタス。ふむ、悪くない。  次いで、いちごジャム。ほう、甘味がなんとも心地よい。  最後に――卵。 「――――っ!?」  衝撃が走った。僕は辺りを見回す。  違う。幸福をもたらすべき相手に出会ったわけではなさそうだ。では一体、何が起こったというのだろうか。  僕はもう一度、卵が挟まれたサンドウィッチを口に運んだ。そしてまた、身体中に衝撃が走る。  どうやら僕は、この卵が挟まれたサンドウィッチの美味しさに衝撃を受けているようだった。こんな食べ物があっていいのか、と心底そう思わされた。  こんなもの、取り合いの果てに戦争でも起きてしまうのではないのか。何故皆、平然としているのだろう。  僕は未来の事態を憂慮しながらも、飛び上がるようにして立ち上がる。そして、購買に向けて走り出した。  少刻後、購買にたどり着いた僕は、息を切らしながらおばさんに言った。 「サンドウィッチを、あるだけ全部くれ」    おばさんは言った。  愛想なく、言った。  売り切れ――と。  僕は肩を落として、頼りない足取りで教室へと戻って行った。
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