第一話 少女との出会い。

7/10

89人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
(らん)君、一緒に帰ろうぞ」  放課後。プールの授業が男女別だったことに対して怒り心頭に発し、校長に直談判しに行ったという田所君は、僕の側にやって来てそう言った。  僕は鞄に教科書を詰めながら、横目で田所君を見やる。  彼の手には、水着はなかった。今朝は大事そうに抱えていたのだけれど、よく見ればその水着は、後ろのゴミ箱の中に場所を移されていたようだった。  どうやら交渉は上手くいかず、彼はこれからのプールの授業に一切出る気はないらしい。 「ごめんよ、田所君。ちょっと用事があるんだ」 「またでござるか。ふう、欄君はなかなか心を開いてくださりませんな」  田所君はいつも笑顔でそう言ってくるけれど、本当は用事などない。不必要に人間と関わらない為の嘘だ。  僕には嘘をつく罪悪感はない。軽い挨拶と同じくらいに、何も感じない。  人間は、感情をコントロールすることが出来る生物だ。  腹を立てようとも、ある程度ならばそれを奥底に押し込めることが出来る。今の田所君も、もしかしたら感情をコントロールして、怒りを表面に出さないようにしているのかもしれない。  僕への気遣い。  けれど、僕はそれにも何も感じない。  怒りも喜びも悲しみも――何も感じない。  僕は――人間ではないから。  感情の生物といっても過言ではない人間と、同じように振舞えても内面は出来ない。  だから。  だから、何だと言うのだ。  感情など、僕にはどうでもよいことだ。  僕はただ。ただただ、人間に幸福をもたらす。それだけだ。  それが、僕という存在。それ以外に――何もない。必要ない。  田所君は僕に手を振って、別の男子と教室を出て行った。それから少しして、僕も鞄に教科書を詰め終わり、一人教室を出て行った。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加