出会い

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「まっすぐここまで来たんだね」 あいつが俺を抜かした時、たしかにそう言った。 まっすぐだと?ふざけるな。俺がどんな思いをしてここまでたどり着いたと思ってんだ。 それは決してまっすぐな道のりなどではなかった。 いつもお前の背中を追いかけて、少し近づいて、また突き放されて。 今だってそうだ。 ほら、また、遠ざかった * 「お前すっげー速いのな。どうやって練習してきたんだよ」 長距離走強化指定選手が集う合宿。 練習後の夜、同室のやつに言われた。トップクラスの集団の中でも俺の実力は埋もれてないようでどこか安心した。 「別に特別なことはなにも」 そうは言ったが実はめちゃめちゃ練習している。しかしここで素直にそれを言うほど俺は大人になれなかった。 「すごいなー、本当に。俺は今回の合宿でいかに自分が井の中の蛙だったかを知ったよ」 「そんなこと。お前だって速かったじゃないか」 「だけどあいつを見ちゃうとね。もう格が違うって言うの?」 「あいつ?」 「ほら、氷室悠だよ!今回の測定でぶっちぎりトップだった!」 あいつか。 あいつ氷室悠っていうのか。たしかにタイムで俺より速い奴が一人いると思った。 走るたびにサラサラの髪が風になびき、背が高く顔もかなり整っている。天に二物も与えられたかのような男。 「なんかむかつくな」 「だよなぁ!でも彼はきっと天才なんだろうね。陸上も高校から始めたらしいし」 俺の長年の努力が、あいつの「天才」の一言に負けるのは納得いかなかった。 「天才、なんかじゃない。きっと」 俺がそういうと相手も適当に相槌を打った。 翌朝、まだ誰も起きていない時間に俺は走った。 からだを動かさずにはいられない。行き場のない昂りが体のうちから治らない。走っている時だけは世界から隔離されて、自分一人になったような心地よさがあった。 この下り坂を駆け下りたらゴールは目前。清々しい風が吹く。 と、その時 後ろから風が吹いた。 サラサラの風だった。 俺を抜かして行った風は坂の下で止まって振り向いた。 「おはよう」 優しく微笑むそいつは紛れもなく氷室悠だった。 その綺麗な笑顔を見て、何故だか無性に気持ち悪くなった。 * なぜ、あの時気分が悪くなったのかはわからない。 でもそれはきっと悔しかったからだ。 自分を無理に納得させて、合宿後も俺は走った。大会に向けてひたすら走った。チームメイトはそんな俺を少し距離を置いたところから見ていた。 そこまでして、満を持して挑んだその直後の大会。 ラストスパート 先頭集団からも飛び出して俺の独走。 の、はずだった。 しかしやつは後ろにいた。 ずっと俺はやつの射程圏内にいたのだ。 すれ違いざまに言われた言葉の意味もわからず、俺はまた気分が悪くなった。 それでも2位でゴールした。先にいた氷室にまた微笑みかけられた。 「お疲れ様」 そう言って渡されたスポーツドリンクを反射的に振り払ってしまった。 コロコロと転がるボトル。 氷室は驚いた顔をしてから、また笑った。 背筋が凍った。ゾッとした。 あぁ、今わかった。俺が気分が悪くなる理由。 だってあいつは…。
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