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駅を降りて数分歩くと、遠くの木々の間から古びた建物が見えた。
「もしかしてあれが目的地か?」
「そうだよ」
なんだここは。悠の意図が全く読めなかった。
少し躊躇っている俺に対して悠はずんずん建物の方へ歩いていく。
近くまで来ると建物の横に看板があるのがわかった。
「『ゆけむりの里』…?もしかしてここって…」
俺が言うと悠は頷いた。
「そう、ここは所謂『秘湯』ってやつだ。温泉好きには有名な所でね。大会後にはぴったりだと思って颯人を連れてきたんだ」
「悠は前に来たことがあるのか?」
「一度だけね。ここで颯人に見せたいものがある」
促されるままに入ると番台には優しそうなお婆さんがいた。
入湯料を払って脱衣所に行く。
寒い山道を歩いて身体はかなり冷えている。さっさと湯に浸かりたい俺たちは急いで服を脱いだ。
脱衣所の扉を開けると、目の前には岩の露天風呂があった。モクモクと湯煙が立ち上っている。
だが寒くて余裕がない俺たちは飛び込むようにして風呂に向かう。
ちゃぽん、と入ると心地よい湯が一気に身体を包み込んだ。
「はぁぁぁ〜…」
気がつくとそんな気の抜けた声が漏れていた。
熱すぎない温度で、いくらでも浸かっていられる。トロッとした泉質は肌を優しく滑らかに温めた。
「めっちゃきもちい…」
俺が言うと悠が嬉しそうに頷く。
「でしょ、至高の弱アルカリ泉だよ。この泉質は全国的にも珍しいんだ」
温かい温泉と、冷たい風のその温度の落差も心地よく感じる。これが露天風呂の醍醐味ってやつだろう。
まったりしていると悠が俺に話しかけた。
「でもね、見せたいのはこの露天風呂だけじゃないんだよ」
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