出会い

2/2

2397人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
** ゴールしてきた顔、火照っていてよかったなぁ…。 俺の次にゴールした彼の表情を脳裏に焼き付ける。首筋を艶めかしく伝う汗。うん、覚えた。 合宿で見てからもうずっと好き。 自分でもおかしいと思うくらい好き。 ここまで人を好きになったことがない。 名前や写真が載っている陸上雑誌は全てスクラップした。 長距離走は孤独だ。 先の見えない砂漠を一人で進まなければならない感覚。だから前に人が見えると追いつきたくなる。まるでオアシス。 初めての測定の時、俺はいつも通り最初は力を抜いて走った。そして一人一人抜かして行く。これぞ醍醐味。オアシスを一つ一つ飲み干す。 全員抜ききったと思った時、まだ前方に一人いるのに気がついた。 前を走る彼はユラユラと揺れていた。 乾ききった孤独な砂漠の中で、彼だけは水の中にいた。まるで海月のように。 俺はどうしてもそれを捕まえたくなった。 だからあんなことをしたのかもしれない。 朝早く彼が起きるのに気づいて、後を追った。案の定彼は走っていた。バレないように追走した。俺の方が少しだけ速いみたいだから、なんとか追いつけた。抜かそうと思えば、抜かせる。 しかし抜かさなかった。 ずっと彼の姿をみていたかったから。いつでも抜かせる位置で走っていると、なんだか彼を俺の手の内に閉じ込めたような気分になった。 それで、最後に抜かすのだ。 俺も、見てもらうために。 坂の下で振り返って微笑みかけると、彼の顔はわかりやすく歪んだ。 そんな顔ですら美しいと思った。 最後の大会ですれ違いざまに言った、 「まっすぐここまで来たんだね」 あれは俺を追いかけた彼に対してだけじゃない。自分への暗示も込めている。 俺の想いも、まっすぐここまで来た。 彼に振り払われたボトルを拾う。 そしてしっとりと撫でた。 「はぁ…好きだよ。本当に大好き」 いつか俺だけのために泳いでね。 そしてそれはそう遠くない未来の話。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2397人が本棚に入れています
本棚に追加