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ゴールしてきた顔、火照っていてよかったなぁ…。
俺の次にゴールした彼の表情を脳裏に焼き付ける。首筋を艶めかしく伝う汗。うん、覚えた。
合宿で見てからもうずっと好き。
自分でもおかしいと思うくらい好き。
ここまで人を好きになったことがない。
名前や写真が載っている陸上雑誌は全てスクラップした。
長距離走は孤独だ。
先の見えない砂漠を一人で進まなければならない感覚。だから前に人が見えると追いつきたくなる。まるでオアシス。
初めての測定の時、俺はいつも通り最初は力を抜いて走った。そして一人一人抜かして行く。これぞ醍醐味。オアシスを一つ一つ飲み干す。
全員抜ききったと思った時、まだ前方に一人いるのに気がついた。
前を走る彼はユラユラと揺れていた。
乾ききった孤独な砂漠の中で、彼だけは水の中にいた。まるで海月のように。
俺はどうしてもそれを捕まえたくなった。
だからあんなことをしたのかもしれない。
朝早く彼が起きるのに気づいて、後を追った。案の定彼は走っていた。バレないように追走した。俺の方が少しだけ速いみたいだから、なんとか追いつけた。抜かそうと思えば、抜かせる。
しかし抜かさなかった。
ずっと彼の姿をみていたかったから。いつでも抜かせる位置で走っていると、なんだか彼を俺の手の内に閉じ込めたような気分になった。
それで、最後に抜かすのだ。
俺も、見てもらうために。
坂の下で振り返って微笑みかけると、彼の顔はわかりやすく歪んだ。
そんな顔ですら美しいと思った。
最後の大会ですれ違いざまに言った、
「まっすぐここまで来たんだね」
あれは俺を追いかけた彼に対してだけじゃない。自分への暗示も込めている。
俺の想いも、まっすぐここまで来た。
彼に振り払われたボトルを拾う。
そしてしっとりと撫でた。
「はぁ…好きだよ。本当に大好き」
いつか俺だけのために泳いでね。
そしてそれはそう遠くない未来の話。
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