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遊佐先輩の声がかなり近くまで来ている。
俺は押し倒されていた状態からゆっくり起き上がった。
氷室は脱力したように机に座り、俺に背を向けて窓の外を眺めている。
「行きなよ、遊佐さんがお前を探してる」
「…っ、お前、ここまでしといて何なんだよ!お前の言動の意味がわからない…!」
俺が言うと氷室はゆっくり振り向いた。
「蒼井のことが好きだよ。それだけ」
氷室は恐ろしく綺麗な顔で微笑んだ。
何なんだよこいつ。
なんでそんなに気持ちを割り切れるんだよ。
互いに一歩踏み出せない。
それが今の俺たちだった。その距離はたった一歩の気がするのに、酷く遠く感じた。
男にこんな風に言い寄られたのは初めてで、どうしたらいいかわからなかった。
それに、氷室を意識する自分に戸惑いを感じていた。
俺は氷室と一緒にいたい。けどそれは友達としてじゃダメなのか。
男女だとスムーズに行くことが、男同士だとこんなにも難しい。
俺か氷室が女だったら、物事はもっと上手く運んでいたのだろうか。
でも俺も氷室も紛れもなく男で、その事実が覆ることはない。
考えること、悩むことをやめてしまいたいと思っても無理だった。
男女が出会い、交際し、ともに生きていく。
俺の世界の「真っ当な」人間はみんなそうだった。こういう風潮の中で生きてきた。それが普通だと思ったし、それを疑いもしなかった。
なのに今、俺の足元はグラついている。
マジョリティーからマイノリティーになるのが、ただただ、怖かったのだ。
俺をマイノリティーに引き摺り込もうとする、氷室の存在が怖かったのだ。
だから、心の奥底に気持ち閉じ込めて見て見ぬふりをしてきた。
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