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気持ちがぐちゃぐちゃになり、この場から逃げ出したくなった。
反動のままに床に無造作に置かれたリュックを拾い、肩にかける。
氷室の方はもう振り向かなかったし、振り向けなかった。
本当の自分を見ているようで、氷室の姿を見ることが怖かったのだ。
そのまま何も言わずに重い、重い木の扉を開けた。
扉とフレームが擦れるたびに古びた音が旧校舎に響き渡る。その音に反応して、薄暗い廊下の向こうにいた遊佐先輩が振り向いた。
「蒼井‼︎」
遊佐先輩が必死な形相でこちらに駆けて来る。俺もそれに反応すべきなのに、なぜか全く動けなかった。
「蒼井、心配したんだ。誰かに連れて行かれたと聞いて何かあったらどうしようって…」
そのまま遊佐先輩は俺をきつく抱きしめた。
遊佐先輩の身体は冬だというのに少し汗ばんでいて温かかった。俺のことを探して校内を走り回ってくれたのだろう。
「心配かけて…すいません」
「大丈夫か、誰に何された?この教室にまだいるのか?」
「この教室にはもう誰もいません。それに、ちょっと話をしただけで…何もされませんでした」
嘘をついた。
本当は氷室はまだこの扉の向こうにいるし、酷いことだってされた。
でもそれを誰かに訴えてあいつを責める気にはなれなかった。たとえそれが遊佐先輩でも、言う気はなかった。
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