三人の夜

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玄関を開けるとそこにはやはり氷室がいた。 寒い中歩いてきたからだろう、鼻の頭が少し赤くなっている。 「久しぶり。こんばんは」 氷室がそう言って少し笑った。 俺は笑い返すことができず顔が引きつってしまう。そんな俺の様子を見て氷室は直ぐに笑みを消した。 「…わざわざ来てもらってすまない。早く上がってくれ」 我ながら素っ気ない言葉だとは思ったが、そんな言葉しか見つからなかった。 氷室は一言、お邪魔します、と言うと無言で俺について来る。 リビングにつくと雅樹はスマホを見るのをやめ、テーブルに置いた。 突き刺すような目線を氷室に向けてくる。 「まあ座って」 俺が言うと氷室はありがとうと言って席に着く。何か飲み物を用意しようとしたら、いい、と断られた。 そして氷室は正面に座る俺をまっすぐ見つめ、口を開いた。 「あの日のことは本当に申し訳ありませんでした。心から反省しています」 座ったばかりなのに、氷室は席を立って俺に深々と頭を下げた。 俺たちの視界からは氷室のつむじが見えるだけで、表情は読み取れない。 しかし氷室の突然の謝罪に、俺も、雅樹も、ただただ面食らっていた。 重い沈黙が空間を支配する。 氷室は一向に頭を上げようとしない。俺も何か言おうとして必死に言葉を探すが、求めるものは何も見つからなかった。 「とりあえず…頭を上げて座ってくれ」 そんな言葉が精一杯だった。
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