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氷室がゆっくりと座る。なんて言葉をかけていいのかわからない。
「突然こんなことを言われて戸惑っていると思う。けどどうしても謝りたかった」
「……」
雅樹も俺も黙ったままでいる。
だが氷室は俺から目線をそらすことはなかった。
「許してくれなんて…言わない。いくら衝動的だったとはいえ俺が過ちを犯したのは間違いない」
テーブルの上で組んだ氷室の手が少し震えていた。その手は何か祈っているようだった。
「けど…けどね、俺は蒼井との関係をここで終わらせたくないんだよ。このまま放置すれば蒼井との縁が切れてしまうんじゃないかって、そんな気がした」
「そうかもな」
これは俺の本音だった。
このまま何も言わずに離れていくのなら、氷室の気持ちなんてそんなもんだったんだって。
きっとそう思ったし、思うことにしていた。
そして俺の言葉に氷室は少しうなづく。
「そうだよね。だからさ…俺のことを嫌ってくれても、憎んでくれてもかまわない。だけど、俺とかかわることをやめないでほしい。気持ちが先行したけど俺は選手としても、個人としてもこれからも蒼井と走りたい」
その言葉にハッとした。
氷室が俺と同じ思いを抱いていたことが分かって安心した。恋愛感情だけじゃなくて、ライバルとしてみてくれていることが分かって嬉しかった。
それだけで、もういい気がした。
俺も氷室も、そろそろ「あの日」から解放されてもいいのかもしれない。
互いに悩み苦しんだ。
その気持ちを共有できただけで、もう十分だった。
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