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「もういいよ、俺だって元からそんなに怒っていたわけじゃない」
気づいたら許しの言葉が口からこぼれていた。氷室も俺の気持ちを探るような目線を向ける。
「俺だって、お前と走れなくなるのは辛いんだよ」
「蒼井…」
「このまま疎遠になっていくのかと思ったら、怖かった」
「……」
「せっかく見つかった最高のライバルを、お前という存在を、失うのかと思った…」
こんなんでも一応俺の立場は被害者といえるだろう。俺から連絡することは状況的にできなかったし、なけなしのプライドが許さなかった。
俺と氷室がお互い黙っていると雅樹が口を開いた。
「…よくわかんないけど、これで解決したのか?」
そうだった。雅樹の存在を少し忘れていた。
「氷室先輩、何があったかは知りませんけど、うちの兄貴はここ数日ずっと思いつめた表情をしていました。兄にも非は多少あったとは思いますが、俺にとってはかけがえのない大切な兄なんです。…だから、大切にしてやってください」
「…わかった」
雅樹の言葉を聞いて驚いた。
どこまで俺を想ってくれているんだろう。隣に座る雅樹は知らない人に見えた。
壁掛け時計の音が鳴る。
時間もすっかり遅くなっていた。
「じゃあ、今日はお開きでいいですか」
雅樹が問いかけると氷室が頷いた。
「ああ、今日は俺のために時間を割いてくれて本当にありがとう。…これからも、よろしくね」
「ああ」
すると雅樹が席を立って言った。
「じゃあ俺が氷室先輩を駅まで送ってく」
「さっきと言ってること違うじゃん」
「もう時間も遅いから。兄貴は寝てな」
雅樹はそう言って意地悪そうに笑うと氷室と玄関を出ていった。
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