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氷室side
何のつもりだろう。
雅樹くんが俺を駅まで送って行くのは明らかに不自然だった。
俺よりすこし前を歩いている雅樹くんから不気味な気配を感じる。
「今日はこんな遅くに押しかけてごめんね。でも言いたいことが言えたから感謝してるよ」
努めて明るく話しかけてみた。
どういう反応をしてくるだろうか。
すると雅樹くんが無言で振り向いた。
「兄貴に何したか知らないですけど、次泣かせたらただじゃおきませんから」
ゾッとするような瞳の暗さだった。
全ての負の感情が練り込まれたような。
俺の執着もなかなかだと思ったが、その瞳には年季のこもった執着を感じた。
「…まさか、ね」
「そのまさかですよ」
躊躇いもなく言い切る。
「いいの、兄弟だけど」
「そんなの今更ですよ。割り切れたらこんなに執着してない」
「お兄さんはこの事は?」
「まさか、鈍いあいつが気付くわけないでしょ」
雅樹くんは悲しそうに言った。
「その鈍さが、憎たらしいほど可愛いんですけどね」
その一言は鉛のように重かった。
そばにいるのに言えない。
誰よりも一緒にいるのに、実は他の誰よりも遠い。
視界にすら入らない。
どれだけの葛藤を彼は抱えてきたのだろうか。
「駅、着きましたよ」
駅の入り口には、切れかけの電灯が一つともっていた。
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