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最後の大会
まだ薄暗い大会当日の朝。
目覚ましもまだ鳴っていないのに俺はパチリと目が覚めた。
空気がずいぶん冷たい。
家の中は静寂に包まれていた。
ついに最後なんだな。
ひんやりとしたユニフォームに袖を通すと急に実感がわいてくる。それとともに鼓動が速くなっていった。
「あれ、兄貴もう起きたの。おはよう」
雅樹が眠そうな顔をして起きてきた。
「緊張で目が覚めちゃって。雅樹こそ早くないか?」
「朝食の準備のためにな。本番だからしっかり食べなきゃ」
最後まで優しくて思わず目頭が熱くなるが、涙はグッとこらえた。
本番前に泣いちゃダメだ。
泣くのは、勝ってから。
今日こそは、氷室に勝つ。
全力で練習した。やれるだけのことはやった。
あとはいつも通り走るだけ。
呼吸を整えてストレッチをする。
ほどなくして朝食が出来上がり、しっかり噛み締めて飲み込んだ。
食べ終わってから昨日詰めた荷物を肩にかける。玄関には雅樹が見送りに来てくれた。
「じゃあ、いってくる」
「おう、今日は部活で見に行けないけど頑張れよ」
「ありがとう」
「あ、これ」
「ん?」
雅樹が差し出してきたのは何かが入った巾着袋だった。
受け取って中を覗いてみるとおにぎりが二個入っていた。
「その…さ、今日本番だし、俺は見に行けないからそれくらいしかできないけど、軽食を作ってみたんだ。兄貴の本番なのにこんなことだけでごめんな」
手の中のおにぎりはまだ温かかった。さっき握ったばかりなのだろう。
「…十分すぎるよ、馬鹿」
思わず雅樹に抱き着く。雅樹も抱きしめ返してくれた。
「…兄貴なら大丈夫。行ってこい」
「…うん」
俺はそう言って雅樹に笑顔を見せた。それを見て雅樹も笑ってくれる。
「いってきます」
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