その種、頂戴します。特別番外編2(※前編)

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 忙しいのは誉だけではない。グループ後継者の藪中も目が回るような日々を送っていた。  来週も急遽、出張が決まったようだ。行先は北海道で、先月、新たに建設された工場視察の為に訪問するのだとか。二週間の工程だと聞いている。 「……二週間も……か」  つい口から零れた。先月、アメリカに行ったばかりだというのに、また一人寂しく眠る夜が続くのかと、誉は小さな溜息をついてファイルを閉じた。集中力が足りなかった。しかも――。 「ふぁ……っ」  大きな欠伸が出た。視界が反射的な涙で滲んだ。ここ数日、眠くて仕方がないのだ。元々、睡眠時間は短めの誉だが、今日は特に睡魔が酷かった。 (それに、なんだか……胸焼けがする)  この症状は今朝からだった。吐くまでとはいかないが、地味にムカムカするといった感じだ。明らかな身体の異変だった。これはと、誉はいよいよひとつの可能性に辿り着く。 「……うーん」  眉間に皺を寄せながらお腹を優しく撫でてみた。普段と変わらない薄い腹部だった。正直、今の段階では何もわからない。誉はここで考えた。 (そうだとしたら、今後の研究スケジュールにも大きく影響する……)  それを仮定した上で、最善の行動をしなくてはならない。とうとう意を決した誉はソファから立ち上がると、研究室を後にした。
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