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向かった先は理生研一階に位置する、医務局内にある薬品部だった。薬剤師が働いており、様々な種類の医療薬も販売している。忙しい所員にとっては有難い部署だ。
そこで誉は目的の物を購入し、手洗い所で説明書を見ながら、ある行為を手順通りに行った。事を済ますと、すぐに研究室へと戻った。手には白いスティックが握り締められていた。
(よし……見るか)
心を定めて、ゆっくりと掌を開く。自然と肩に力が入っていた。
「…………っ!」
初秋の陽光が差し込む窓際で誉は小さな声を上げた。くっきりと赤いラインが見えたからだ。そう、これは妊娠検査薬だ。小窓が示す判定に誉は眼鏡の奥の瞳を大きくした。
「……陽……性?」
言葉にした途端、鼓動が速まった。指先も震えていた。
先月訪れた発情期を思い返す。あれだけ何度も藪中の精を生で受け入れたのだ。性交後、いつも飲んできたピルは今回飲まなかった。予測はしていた。覚悟もしていたはずだ。それなのに、この動揺は何だと、誉は額に片手をあてた。
「本当に……?」
妊娠しているのか――?
まだ半信半疑だったが、正しい時期と使用方法なら、検査薬の精度は九十九パーセントだと言われている。使い方に間違えはなかったはずだ。おそらく時期も外していない。
(……藪中さん)
ここにいない番を呼んだ。胸が切ないほどに熱くなった。このお腹の中に小さな生命がいる。自分は、愛する男との子供を身籠ったのかもしれないのだ。
「いや、違う。まだ早い……焦るな、私」
ここで誉の難しい性格が発揮した。
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