その種、頂戴します。特別番外編2(※前編)

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 コールして数秒、若い女性の声が応じた。要件を口早に伝えると、今すぐ来ても構わないとの事だった。 (あまり職場に、私生活部分は持ち込みたくないけれど……)  受話器を置いた誉は悩まし気に眉間を寄せた。  妊娠となると色々気を使わせてしまう部分も出てくるに違いない。周りの目も気にならないと言えば嘘になる。ここでは、どこまでも毅然とした「研究者・高城誉」として振舞いたいというのも本音だった。  だが、今後の事を考えると所内で検診を受けるほうがベストだろう。その大きな理由は「時間」だ。わざわざ他の病院に赴く必要もない。その分、仕事に費やすことが出来るし、とにかくスムーズだ。  研究バカと言われたらそれまでだが、例え身籠っていたとしても、誉は産む間際まで働くつもりだった。それだけ合同研究にかける想いも強かった。しかも責任者だ。身重となると何が一番大事かなんて、勿論わかっている。それでも誉は全部やり切りたいのだ。 「……私は、本当に大丈夫だろうか」  急に不安が駆けてポツリと呟いていた。とにかく出産自体が未知なのだ。気持ちが追い付かないといったところだ。 (胸が、気持ち悪いな……)  先ほど感じていた胸焼けは、徐々に吐き気へと変わっていた。誉は窓外の向こうに広がる青空を見上げながら、そっと下腹部に手を置いた。藪中の事を思い浮かべながら。
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