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「……ありがとうございました」
産婦人科にて一通りの検査を終えた誉は、礼を告げると診察室を後にした。
廊下を進む足はいつものように早くない。自然とスピードが落ちていた。もしかして、意識的な行動だろうかと、白衣のポケットから一枚の写真を取り出した。いや、これは写真であっても少し種類が違うものだ。
「……六週目……か」
潜めた声と一緒に足が止まった。この数週は妊娠二か月目にあたる。受精から一か月と少しといったところだ。
(……なんて、小さい)
生命を実感した誉は産科医から受け取ったエコー写真を愛おしげに見つめた。モノクロのそれには、くっきりと胎嚢と胎芽が写っていた。超音波検査では心拍も無事に確認できた。妊娠が確定したというわけだ。出産予定は来年春との事だ。
「……そうか、私は母に、親になるのか」
万感胸に迫るとでも言うのだろうか。様々な想いが誉を包んだ。不安が消えたわけではないが、診察前より明らかに変わった気持ちがある。
(絶対に無事に、元気に産んでみせる……)
母親としての決意だった。先程、中年男性の産科医から聞いた話が大きく影響していた。
これから誉の担当医となる彼は言った。オメガの男性は特に初期流産率が高いと。その頻度は他性種女性の十五パーセントに比べて二倍にも上がり、妊娠十二週までに集中しているらしい。
仕事を休めとまでは言わないが、無理のない範囲である事、私生活も含めて安定期までは用心するようにと忠告を受けた。
(宮本センター長にも事情を説明しないとな……)
合同研究のスケジュールに迷惑だけはかけたくないと、誉はエコー写真をポケットへとしまった。
「あ……」
いや、もっと重要な事がある。再び歩みかけた足が止まった。
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