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(……藪中さんだ)
ハッとした。父親となる彼にまず初めに伝えるべきじゃないかと、慌ててスマートフォンを手にした。
今日は本社で会議だと聞いている。タイミングさえ悪くなければ出てくれるはずだと、画面をタップするが……。
(……緊張するな)
手が少し震えていた。
それに、何からどう伝えたらいいのか、わからなかった。妊娠報告の仕方など自分のマニュアルにはないと、誉は頭の中で台詞を考える。
「『 私、貴方の赤子を孕みました。産んでもよろしいでしょうか!』……違うか」
硬すぎると却下した。
「『 赤ちゃん出来ちゃいました、これでめでたくパパとママですね!』ああ、何かがおかしい」
うーんと唸りながら、廊下の片隅に移動した誉は両腕を組んだ。身振り手振りをしながらブツブツと呟く姿を、通り過ぎる所員たちが怪しげな視線を送ってきている事など知らずに。
ひとり舞台は続く。
「『 藪中さん、私たち親になるんです。お腹の子に恥じぬ生き方を心掛けていきましょう……』よし、これなら自分らしくて……」
「――高城さん、さっきから何やってんの?」
「――っ!?」
突然の呼び掛けだった。この声はと、驚いた誉は勢いよく振り返る。
栗色の髪が目の前で揺れる。青くて澄んだ瞳が瞬きを繰り返していた。
「み、瑞貴さん……どうして、ここに?」
「どうしてって……俺、ここで働いてんだから普通に廊下くらい歩くでしょ?」
声の主は同じオメガ性の瑞貴だった。彼は誉の反応にクスリと笑った。相変わらずの美青年だ。微笑むだけで花が咲くようだ。
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