3742人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな瑞貴は黒の長袖シャツにシンプルなジーンズを着用していた。首からは所員証がぶら下げてあった。
彼が理正研のアルバイト所員として勤め出して半年。その仕事ぶりは好評で人当たりもいい。今では「事務局の天使」との呼び名で彼を可愛がる者も多いらしいと、つい先日、神原が心配そうな顔で零していた。
「そ、そうですよね。事務局の仕事は忙しいですか?」
内心冷や冷やしつつ話題を振った。今のひとり言を聞かれていたかもしれないのだ。安定期に入るまでは、なるべく妊娠の事は伏せておきたいのが考えだ。変な意味で隠すつもりはない。こればかりはデリケートな件だからだ。
「忙しいけど、みんなでサポートし合ってる感じて楽しいよ。やっと最近、一通り覚えたかな」
どうやら無駄な心配だったようだ。何も耳に入ってなかったらしい。
瑞貴はそう言って、にっこりと微笑んだ。出会いから考えると信じられない態度だ。いや、これが彼本来の姿なのだろう。それもきっと……。
「神原さんのお陰ですね」
誉は笑顔で返した。
「え? ああ、そうかも……うん」
素直に認めた瑞貴は照れた表情で頷いた。
神原との同居は現在も続いていて、仲良く過ごしていると聞く。瑞貴が社会的に自立出来るまで世話をすると、手を差し伸べたのも神原だ。純粋に心配しての事だろう。
「本当によかったです。神原さん、瑞貴さんの事をかなり好いているようですから」
「へっ!?」
ここで瑞貴が素っ頓狂な声を上げる。白い頬が真っ赤に染まっていた。
「この前も言っていましたよ。瑞貴さんの事、弟みたいで可愛いって」
交わした会話をそのまま伝えた。
「……あーうん……だよな……」
それを聞いた瑞貴は何故だか瞳を伏せてしまった。笑顔も消えていた。
最初のコメントを投稿しよう!