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(……あれ?)
明らかな表情の変化に誉は少し戸惑った。
「瑞貴さん、あの……」
そこまで気分を害するような発言だっただろうかと、俯く瑞貴を呼んだが……。
「ところでさ……最近、変な匂いがしない?」
顔を上げて質問を向けられてしまった。
「変な……匂いですか?」
「うん、しない?」
大きく頷かれながら再び聞かれた。
「それは……その、どんな?」
問い返した。もしかして彼は、妊娠を本能で察知しているのかもしれない。誉は動揺を隠すようにして眼鏡のフレームに手を添えると、位置を整える振りをした。
「うーん。何だか、香ばしいっていうか……鼻に突く匂いかな」
瑞貴が言葉で匂いを表現する。どうやら彼にとっては、かなり強い香りのようだ。
「どこからです?」
「どこって言われても、突然香ってくるから」
「香ってくる……ですか。すみません、私には全くわからないですけど」
正直に答えた。誉の嗅覚は特殊な香りなど何もキャッチしていないからだ。今の瑞貴の言い方だと、匂いの正体は誉では無いという事も確かだった。では、彼は何を「匂う」とアピールするのか――。
「多分、研究所のどっかからかな……その匂いを嗅ぐと、ちょっと俺……」
ここまで言って口を閉ざされた。何かを思い悩んでいるようにも見えた。
「瑞貴さん……?」
「ごめん、何でもない! そろそろ事務局に戻るよ」
憂い顔のままで微笑んだ瑞貴は「じゃあ」と言って片手を上げると、足早に去っていった。
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