その種、頂戴します。特別番外編2(※前編)

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***  あれから研究室に戻った誉だったが、結局藪中とは連絡がつかずに終業時間となった。  どうやら彼も着信には気付いているようで、簡単なメッセージを夕方に返してきた。電話に出られなかった謝りと、取引先とのトラブルで今夜は少し遅くなるとの内容だった。返信で妊娠の事を告げようかと、悩んだ誉だったが……。 (ちゃんと口で伝えよう……)  そう決めて、藪中の帰りをマンションで待つ事にした。   (……遅いな)  夜の静かなリビング。ソファに腰を深く下ろした誉は壁に掛けられた時計を横目で見遣った。針は二十三時半を指していた。藪中はまだ帰らずだ。  先程、シャワーだけは済ませたが、夕食は摂らなかった。食欲が無いのだ。胸のムカつきは昼より酷くなっていた。強い眠気もあった。このままソファに身を沈めると、あっという間に寝てしまうだろう。誉は睡魔を必死に追い払った。  それにしても、ここまで帰りが遅いのも珍しい。連絡すらなかった。藪中と常に行動を共にする西野はどうだろうかと、三十分ほど前に彼に電話を入れたが留守番サービスに繋がった。余程のトラブルに見舞われたのだろうか。仕事は大丈夫だろうかと、次は藪中の身が心配なった。巨大グループの後継者として奮闘する姿が浮かべながら、誉は下腹部に掌を置いた。 「……貴方のお父さん(・・・・)はね、若いのにとっても心が広いんですよ」  慈しむような眼差しで語りかけていた。どうしてか、そうしたかった。
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