自我

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自我

「ありがと」  ヒサトは誰にも聞かれないように、小声で礼を言いながら右手で左手を撫でた。オレはいつもどおり、右手の甲を撫でてそれに応える。  机の上には、返されたばかりの中間テストの答案。全教科90点以上、ヒサトが苦手な数学は、学年唯一の100点満点だった。  自分の左手は、自分より頭がいい。  ヒサトがそれに気づいたのは、小学5年生のときだった。少しずつ難しくなってきた学校の勉強に、ヒサトがじわじわと置いていかれ始めた頃。  算数のテストで鉛筆を弄ぶばかりだったヒサトの右手から、左手(オレ)はそれを奪った。  授業で習ったばかりの、食塩水の濃度を計算させる問題。枠の中に小さい数字を書く練習なんてしてなかったからミミズがのたくったみたいな字になったけど、問題は簡単ですらすら解けた。  翌日返されたテストは、100点満点だった。  オレにとっても初めての経験だったけど、ヒサトはもっと驚いたと思う。  ヒサトの思考はオレには聞こえないから、正確には分からない。でも、「ときどき勝手に動く」と思ってた自分の左手が、確実に「意思を持って」動いていることを、ヒサトが初めて認識したのはこのときだろう。  この日から、ヒサトはテストを左手(オレ)に任せるようになった。といっても、最初から全てがうまくいったわけじゃない。オレはヒサトが見たもの聞いたことしか知らないのに、ヒサトがそれに気づくのに少し時間がかかったからだ。  勉強なんてしなくても大丈夫だと、ヒサトが授業中に落書きばかりするようになった頃のテストは無残な結果。テスト中に鉛筆を持たせても動かない左手を、イラついたヒサトが叩くなんて珍事もあった。もちろん、悪いのはオレじゃない。うるさいぞと注意されたのも、痛かったのもヒサトだ。  左手(オレ)自分(ヒサト)の視覚や聴覚からの情報を共有しているのだと小学生の頭脳が理解するまで、半年ほど迷走した。  左手での運筆も練習の必要があった。右利きのヒサトの左手は不器用で、漢字の形を正しく認識してはいても、練習しないと思ったようには書けなかったからだ。  ヒサトの成績が上がり、優等生的な立場になってからの授業にも、難題があった。  オレが動かせるのは左手だけで、口を動かすことはできない。だから授業で当てられた時、答えならノートに書いてやれるけど、解説を頼まれるとすごく困った。 「ちょっと……口ではうまく説明できません。ボク、書きながら考えるタイプなので、黒板に書いてもいいですか?」  そんな上手いことが言えるようになったのは、ヒサトが中学に上がってからだ。
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