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その夜、ヒサトは自分の部屋で、ノートに落書きをした。
ヒサトは絵が好きだ。右手でサラサラと描くイラストは、客観的に見ても上手いと思う。でもそれは趣味の範囲での話で、画家や漫画家になりたいとかいう夢は持っていない。成績がいいこともあって、将来は堅実な職につくことを、本人も周りも望んでいる。
いい高校に行って、いい大学に入って、いい会社に採用されること。ヒサトにとって、そのために必要なのは優秀な左手、つまりオレだ。
その夜ヒサトが描いたものを、オレはたぶん一生忘れない。
明るい色のトレーナーにジーンズを履いた、ツンツン頭の男子。これはいつも描く、ヒサトの分身だ。その隣に、色違いの服を着た、同じ外見のもう一人。
ヒサトは暗い色のトレーナーを着た男子の左手に、鉛筆を描き足した。そしてその絵をじっと見つめ、ペンを持ったままの右手でおもむろに実物の左手を撫でた。
「いつもありがとう」
その声の感じが今までと少し違うように感じたのは、オレの気のせいじゃないだろう。
双子の兄弟。
そうだと知って、ヒサトにも思うところがあったに違いない。
もう礼なんかいいよ。
だってオレ達、一蓮托生だろ。
オレはそう思いながら、左手でヒサトの右手の甲を優しく撫でた。
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