昔、一途な青年の不器用でピュアなラブストーリーを見たんだ

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昔、一途な青年の不器用でピュアなラブストーリーを見たんだ。 彼氏いない歴=年齢の冴えない男が、美女に恋し恋され人生逆転劇の、そんな映画。あれ、面白かったなあ。 「僕はねえ、君くらいの年の頃、恋の一つもしたことなかったんだよ」 背広を着た恰幅の良いサラリーマンがネクタイをゆるめながら、もう4杯目になる焼酎を飲み干す。客はその男一人だった。 「お姉さん綺麗だから、わかんないだろうなあ。僕は25の時、初めて恋をしたんだよ」 バーテンダーは空いたグラスを下げ、サラリーマンはそれに答えるように、同じので、と手を挙げ注文する。 「一目惚れってやつだね。恥ずかしい話、恋愛に無縁だったもんだからとにかく一生懸命調べたし、友達に色々相談したよ。みんなからかうんだよ。お前はピュアすぎる。純粋だってな。そんなことはないんだけど」 「ああ、またやっちまった。言わせたい訳じゃないんだ。今日に限っては本当に。こんなことを君に言ってもしょうがないのだけど」 いや、その、と、どもりながらもサラリーマンは話を続ける。 「僕がその女性を好いたのは間違いない。だが、次第に僕は、おかしなくらい一途な僕に快感を覚えるようになっていったんだ」 「不思議なもので、僕の恋の話に周りはとても興味を持ってくれてね。そう思っていたのは僕だけかもしれないけど。大学時代の友達なんかは、おい、あの女の子とどうなのよって、週に1回は聞いてくるんだ。それで僕の方もね、今までは複数人集まったら相づちだけうってるような人間だったから、ウケることが嬉しくて、それ自体に価値を感じたんだ」 「お前のピュアさは武器だから。一生懸命さは相手に伝わるからって、たくさんの人に言われて、僕はその通りにしたよ。とにかく告白をいっぱいした。自分の写真も週に一回は送るようにした。単純接触効果って知ってる?接触回数が多いと好意を持ちやすいんだってさ。半信半疑だったけどね。彼女がよく行くファミレスにも行くようにした。偶然会えたらラッキーぐらいの感覚でね。僕も犯罪者じゃあないしね。彼女に迷惑をかけたい訳でもない。3年程経った頃には、ブログなんかも始めた。具体的な内容は書かないけど、想いを綴った。大体反応は同じだった。応援してます。素敵な恋ですね。だってね。気持ちよかったよ」 「この恋の結末、お姉さん予想してみてよ」 するとサラリーマンは、何か決心を固めるように、勢いよく残りの酒をあおった。 「彼女ね、自殺したよ」 「厳密にいうと、聞かされただけだ。彼女のアカウントから彼女の姉だと言う人から告げられただけ。真偽はわからない。けどね、やりすぎた。って思ったよ」 「驚き、反省、後悔、色んな感情が生まれた。その中の一番大きな感情は、同情だった」 「ふざけんなって思った?僕も思う。こんなこと、友人に言えない。ブログにも書けない。反応が、目に見えてわかるからね。僕はね、間違いなく彼女に強く同情したし、僕にも同情して欲しいんだ」 「僕が、彼女を苦しめた僕をつくりあげたあいつらを恨むのは、いけないことかねえ」 バーテンダーはグラスを下げようとしたが、サラリーマンはそれを制止して、お勘定。と呟いた。力無い声だった。 「選択したのはお前だって、やっぱりそう思うかい?自己責任だって。彼女を苦しめたのはお前だって」 「もし彼女がまだ生きてるなら幸せに生きていて欲しい。彼女みたいな思いをしてる女性を救いたい。僕に、無責任な言葉を投げた連中は、ほんの少し、不幸になって欲しい。そう思う。そう思ってるんだ」 うつむきながら唱えるように吐いた言葉は、狭い空間でよく響き、収まり所を探し回っていた。 サラリーマンは財布からしわくちゃのお札を取り出し、三枚グラスの横に置いた。彼は静かに立ち上がり、バーテンダーに顔を向けることなく店を去った。 店名「ガゼン」 バーテンダーの仕事は客の要望により多岐に渡る。 本日の予約詳細:二〇時〜、一名 その他希望のバーテンダー像、要望等: この女性に似ている容姿の方でお願いします。[画像添付有り] 僕の話に一切反応をしないで下さい。 どうぞ、よろしくお願いいたします。
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