12人が本棚に入れています
本棚に追加
/213ページ
第1章:ボンベイ
“運の悪い人”と言うのは、世界にどれくらいいるのだろう。
世界クラスで見たら、どうということはないかもしれないが、舞台を日本に絞って見たら、恐らく珠美はぶっちぎりのワースト1位で“運の悪い人”だ。
小学校に入学してから中学校を卒業するまで、大半の行事は悪天候で延期や中止になった。珍しく晴れたと思ったら今度は珠美自身が怪我や病気で参加を諦めざるを得なくなった。普通に登校していただけなのに逃げ出した近所の犬に追いかけられ、下校すれば変質者に追いかけられ。
そんな彼女についたあだ名は『疫病神』だ。
特に酷い思い出として頭に残っているのは高校受験の時。
珠美は地頭がいいとは言えなかったが、勉強が出来ない訳ではない。
努力さえすれば志望校に入学することも難しい話ではなかった。
しかし結果から言えば、珠美は高校を卒業も入学もしていない。
これもまた、彼女の不運が原因だった。
前期試験当日はインフルエンザを発症し断念。後期試験では試験終了の5分前に解答欄が1問ずつズレていることに気付き、解答を全て消した所でチャイムが鳴った。
二次試験に至っては会場に向かう途中、川で溺れる仔犬を発見し、仔犬の命と引き換えに受験票が流れていくのを見て高校受験を諦めた。
親や周りの大人には定時制高校への受験を勧められたが、この頃の珠美はすっかり落ち込み、作り笑いで誤魔化すのがやっとだった。
もちろん、彼女の不運はこんなところで簡単には終わらない。
中卒で雇ってくれる会社などほとんど見つからず、やっとの事で入社できた会社はわずか2ヶ月で倒産。
それからはバイト生活を始めるものの、ミスの連発ですぐにクビ。数えきれない程のバイトを経験したが、最高記録は3ヶ月半だ。
いつかは都会へ出て、一人暮らしをして。
そんな夢はいつの間にか珠美の中から消えていた。
家で農業を手伝い、両親に養われて暮らす日々。
ずっとこんな日が続くのだろうと、廃れてしまった心で考えていたが、ここでも彼女の不運は炸裂してしまった。
父に頼まれ、リンゴ畑に農薬を撒くつもりが間違えて除草剤を撒いたのだ。
案の定収穫直前だったリンゴは全て廃棄。珠美は逃げるように家を出てきた。
そんな彼女は現在、夢だった都会から少し外れた場所で、またバイト生活を繰り返していた。
最初のコメントを投稿しよう!