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「お疲れ様でした。お先に失礼します」
今日も何とか失敗せずに一日を終えることが出来た。
珠美は毎日のように同じ言葉を胸の中で呟き、ほっと息をつく。
新しく始めたコンビニのバイトも、そろそろ3ヶ月が経つ。
今のところ大きな失敗はしていない。
小さなミスは時々侵すが、ここで働くスタッフは皆優しい人達ばかりで、何かとフォローしてくれる。
まだ最初だから、気にしないで、と言う言葉は、何度珠美を救ってくれたことか。
ずっとここで働けたらいいな。
もう何度目かも分からない期待が心を揺すった。
「珠美ちゃん、待って待って」
外へ出た所で、幸恵さんに声をかけられた。
幸恵さんは店長の奥さんで、珠美に最も良くしてくれる、素敵な人だ。
「これ、今日の分」
幸恵さんは手に提げていたレジ袋を珠美に手渡した。
彼女が手を離した途端、それはずっしりと手にくい込む。袋の中身は、缶詰だった。
幸恵さんは一人暮らしの珠美を心配し、よくこうして賞味期限が間近に迫った売れ残り商品を譲ってくれる。
本当は廃棄しなければいけないのだけど、彼女はいつも唇に人差し指を当て、捨てちゃうよりいいでしょ、と笑うのだ。
「いつも悪いわね。処分を手伝わせてるみたいで」
「いえ、そんなことないです。食費が浮くのでありがたいです」
「ちゃんとバランスよくご飯食べなきゃ駄目よ。まだ若いんだから。
じゃあ、明日もよろしくね」
幸恵さんは珠美の背中を優しく撫でてから、店の中へ戻って行った。
明るくて、優しくて、面倒見が良くて。
まるで、お母さんのような人。
世の中の人がみんな幸恵さんみたいな人だったら世界は平和なんだろうな、と時々本気で思う。
あの人がいるだけで周りが明るくなる。自分も変われたような気になる。
もう一度袋の中を覗いてから、珠美は幸せな気持ちで帰路に着いた。
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