65人が本棚に入れています
本棚に追加
後から思えば、その後、どうして僕はそんなことをしようとしたのだろう? どうしてそんなことを言ったのだろう、と思う。
自分の行動も言動もこれまでの僕とは違った。
けれど、僕の中に後悔はなかった。
「君は・・こんな人生を過ごしていたんだね」
佐川にそんな言葉を投げかけた気がする。
僕とは全く異なる佐川の人生が愛おしく思えた。
その容姿はもちろんのこと、家の環境が僕とはまるで違う佐川の人生に思いを馳せた。
人は、外から見ただけでは分からない。今までは、佐川の美形がひたすら羨ましかった。女の子に声をかけられる彼が羨ましかった。
だが、今は違う。他の誰も知らなかった佐川の人生を僕は知ってしまった。
あの公園で、佐川は僕にキスをしようとしていた。
だったら、今、僕は・・
僕は倒れ込んできた佐川の肩を抱いた。そして、彼の体にのしかかるように、勢いよく体を反転させた。
僕の眼下に髪を広げた佐川の顔があった。
・・美しい。
ただ、そう思った。こんな綺麗な人間の顔を僕はこれまでに見たことがない。
「北原」
「佐川くん」と、僕たちは互いの名を呼び合った気がする。
そして、そっと佐川の唇に顔を近づけていった。
佐川は唇を受け入れるようにその身を僕に任せていた。
少し頭を上げた佐川を、僕は静かに引き寄せた。
そんな二人を誰も見ていない。
最初のコメントを投稿しよう!