◆髪

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 人は、何ヵ月かに一回、髪を切る。至極当たり前のことだ。  そんな当たり前の行為が、これほどまでに、人の注目を浴び、そして、僕の気持ちも高揚させるのは、凄いことだ。そう思った。  それほど、元々佐川がクラスの注目を浴び、僕の関心も引き寄せていたということだ。  遠くから、しかも後ろからではよく見えないが、セミロングもいい感じだ。  佐川に声をかけたい。そして・・  さきほどまでの戸惑いが嘘のように消えていた。  この授業が終わったら、佐川に声をかけてみよう。  そう思った時だ。  佐川の席に一人の男子が寄った。崎山という男だ。崎山は、かなりの女好きで、派手に遊び回っていると聞く。 「髪、切ったんだな」  崎山が笑いながら言うと、佐川は「気分転換だよ」と答えた。  僕は耳をそばだてて二人の会話を正確に聞き取ろうとした。 佐川の言葉を受けて崎山が、 「でも、困ったなあ」とぼやくように言った。  佐川が「何が?」と言う風に崎山を見上げると、 「佐川の髪を気に入っている女の子が大勢いるからさ」と崎山は言った。  女の子・・それも、大勢?  二人の会話を聞いていると、同じように聞いていたのか、僕の隣の山村が、 「崎山は、よく佐川を連れ回しているらしいぜ」  山村の言葉も気になり「どういうこと?」と訊ねると、 「つまり、あれだよ。崎山は佐川をナンパの道具に使っているんだ」と答えた。  山村が言うには、崎山にとって、佐川は釣りで言うところのエサらしい。二人で歩いているところに佐川に見惚れた女が声をかけてきたりすると、崎山が、それなら皆で遊ぼう、と言って色んな場所に誘い出すらしい。  そして、気に入った女の子だけを崎山が頂く、そういうことのようだ。  崎山が髪のことに言及したのは、女の子の目を引く要素が減ったじゃないか、と軽く文句を言ったつもりなのだろう。
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