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ーー入ってきた方だから気づかなかったな。
鏡張りの壁を覗き込まんと背もたれから体を上げれば、鏡の中にはひどく疲れた男がだらしなく両足を開き、両膝に肘を付き恨めしそうにこちらを覗き込んでいる。
ーー今の俺はこんな風に見えているのか。
毎朝見る洗面所の顔は、もう少し精悍な顔つきだと思っていたが、大きな鏡の中では錯覚による補正はされないのだなと、自嘲気味に笑う。このまま時間が止まれば、自伝のポートレートにでもできそうだなと、つなぎ目のない一枚の大鏡を見ながら私はようやく気づいた。
ーーまるで壁全体が一枚の写真作品だ。
つまり、この写真展は道端の写真による導入から始まり鑑賞者が作品になるというアート作品なのだと。ふと私は上着のポケットに仕舞った写真を取り出す。道端からこの写真が消えた今、ここを訪れる人物はもういない。自分のとった向こう見ずな行動に、にわかに胃の奥が沸き立つ。
ーーこの作品に表題をつけるなら、そう……。
手の中の写真と同じ単語を大鏡の中にみつけた私は、その文字に目を走らせる。そこにはこう書かれていた。
『蛮勇のクリエイター』
シュールレアリズムの一作品と化した私は、入り口の無くなっていた壁を見つめ表情を強張らせた。
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