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──ぱしゃり。ぱしゃり。フォルダは今日も増える。一枚一枚が思い出として蓄積されていく。
今日は弁当箱の中身。ついで、他の子の様も許可をとってからカメラに納めていく。
「瑠璃、ホント好きだよね。映え~ってのを狙ってるワケじゃないんでしょ?」
声を掛けられ、振り返る。そこには頭を金髪染めにした、如何にも校則無視上等といった容貌の少年がいた。
「げっ。あのパツキン、能辺葉よ」
「能辺葉? あの、学内イチの不良とかいう…」
…比較的緩い校則のこの学校だが、流石にヤンキーと見紛うような金髪に染めている輩は、この教室においては彼以外は存在しない。
当然、そのような蛮勇を平然と行う輩相手に、対応は割れる。距離を置くか、排斥するか、或いは──、
「何よ葉。あなたも撮られたいの?」
「遠慮しとく。構図がどうとか五月蝿く言われそうだし」
「言わないわよ。プロは目指してないし」
──最早日常の一風景として、諦めて受容してしまうかである。
「勿体無いなぁ。才能あると思うよ? 幼なじみとして保証する」
「じゃあ贔屓目込みで信用できないわね。あんたのつぶらなおめめは、趣味程度のモノも見抜けない節穴ってことで」
「相変わらずネガティブだよなぁ、瑠璃は。もっと自信持てばいいのに」
「…うるさい」
唇を尖らせた切り返しに、彼はニコニコとした顔のまま、やれやれと言いたげに手をぶらぶらと振っている。
「──いた、能辺君! そこ動かないでくださいよ!」
そこへ、教室の戸が勢いよく開かれ、高い声と共に眉をしかめた女子が現れる。
長い黒髪を靡かせ、肩で風を切るようにズカズカと入室すると、女子生徒は葉に向かって一直線で歩み寄っていく。
「能辺葉君、私の言いたいこと、わかりますよね?」
「…てへぺろっ」
ふざけた態度を取った途端、女子生徒は表情こそ変わらないが、青筋が立つのが見て取れる。
是非写真に収めておきたいと思ったが、そんなことを言えば彼女は確実に怒るだろう。ぐっと呑み込んで、話を聞く。
「…貴女、隣のクラスの明星五月さん、でしたっけ? 何やらかしたんです、コイツ」
「え、オレ何もしてないよ?」
「何もしてないのが問題なんです! 仮にも委員長を任された身、不良化した生徒は見逃せないのです!」
ビシッ、という効果音が背後から聴こえてきそうなくらい、葉の染めた頭を指す。が、肝心のコイツの反応は淡白というか、呆れ気味であった。
「るっさいなぁ。明星サン、小姑?」
「あ、貴方ねぇ!」
茶化すような、小馬鹿にするような物言いは、真面目そうな明星五月にはいっそう効く。
「だいたい、何なんですか貴方! 入学当初は普通だったのに、今年に入ってから急に派手な身なりになって…!」
…そう。明星五月の言う通り、突然の変貌だった。学年が上がる前、三学期に入ってから、能辺葉は劇変した。
具体的に言えば、何処にでもいそうなにこやかな少年が、周回遅れのズレた高校デビューを実行した結果、スレた様にしか見えない有様になった。
そんなヒートアップしていた彼女に冷や水をぶっかけるように、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「…あー、もうっ! ホントに明日から染めて来てくださいねーっ!」
明星五月はそんな捨て台詞を吐いて、心底不満げな後ろ姿を見せながら退室する。余程悔しいのががっくりと落とした肩からもわかる。
「ったく、お節介なんだから。邪魔をするワケじゃないんだし、放っておきゃいい」
「…それが出来ないから、あなたのとこに足蹴く通わなきゃいけないんでしょ」
それを聞いた葉はぶー垂れた面を見せたので、つい反射的にカメラのシャッターを切っていた。
普通の日常だ。こんな風にじゃれあって駄弁って、どうでもいいような日々を過ごすことが、きっと幸せなのだろう。
「ああ、そうそう。言ってなかったけどさ」
──ふと、葉はいつもの帰り道で、思い出したかのように、バカみたいに明るい笑顔で振り返る。
「オレ、もうすぐ死ぬんだって」
──まるで冗談みたいな、けれど真剣な告白だった。私はただ、飛び込んできた言の葉を前にして、固まるだけだった。
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