ぱしゃり。

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 事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。そんなものを実際に目の当たりにするなんて思ってもみなかった。  未だ治療法の確立していない病気。そんなのは、フィクションの世界だけだと思っていた。 …でも、私の現実には確かに存在していた。そして最悪なことに、そんな災厄が他ならぬ幼なじみの身に降りかかっていたなんて、夢にも思わなかった。 「どうして黙っていたの?」  僅かに滲む怒気を込めて、にこやかな顔をしている彼に問う。  心のどこかで、彼が嘘を吐いている、いつもの剽軽な冗談だ。私はそういった淡い希望を抱いていた。 「…心配かけたくなかった、っていうのは駄目かな?」  ばつが悪そうにも、おちゃらけているようにも見えるその返しに、煮え切らないものを覚える。 「何よ、それ…」 「…今年の始めさ、おれ事故に遭ったでしょ」 「…急に何?」 「そんときの、血相変えた顔は凄かったよ。写真撮ってやりたくなるくらいに。瑠璃が普段やってるみたいにさ」 …心配している自分がバカだ、と言われているみたいで腹が立つ。その物言いが私を葉に一歩詰め寄らせる。 「あんた、ふざけてんじゃ…!」 「…だから、話したくなかったんだよ。多分そんとき以上に、酷い顔になってたでしょ?」 …どこまで見透かされているのか。その指摘に、私は言い返すことが出来なかった。  彼の言う通り、冬休みの時だったか。葉は交通事故に遭った。直接目の当たりにしてはいないが、青天の霹靂であることには違いない。 …実際は、ただ軽く頭を打った程度だったが。流石に暫く混乱してたり、遅れた高校デビューみたいな真似も増えたけど、すぐにいつも通りになった。 「…気が気じゃない、って顔されちゃあんまり口にゃ出来ないでしょ。ほんとは、適当な理由つけて退学して、どっかの田舎で余生を過ごそうとと思ってたんだが…」 「じゃあ、どういう風の吹きまわしで?」  心配を掛けたくないなら、どうして? その問いには、暫し惚けた面で考え込み、夕焼けを眺めながら葉は答える。 「…おれが、嫌だろうなって思っただけ」 「なんで他人事みたいに?」 「え、そうか?…とにかく。オレが言いたいのは、あんまり気にするな、ってことだ。どうしようもないんだから、お前が気に病む必要はないってこと!」  そうして、またいつものように、葉はにこやかに、なんでもないように言う。と、そこで思い出したかのようにポケットをまさぐる。 「あ、そうだ。折角だし、夕陽バックにちょっと撮ってくれる?」 「…え? まあ、うん」  唐突な要請だったが、携帯を投げ渡されなし崩し的に撮る羽目になった。ピースをする、ありきたりな角度からカメラを合わせる。 「…はい、チーズ」 ──ぱしゃり、とカメラのフラッシュ。写る葉の顔は、強がっている風ではない。  けれど、何処か違和感のある、傾いた太陽に照らされた笑顔を見せていた。
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