ぱしゃり。

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…葉の葬式が終わって、暫く経つ。自宅に帰った私は、天井を無心で眺めながら、繋がりとはなんだろうかという益体のない思案を繰り広げていた。 「…瑠璃、ご飯よ。降りてきなさい」  母に呼ばれるがまま食卓を囲む。そこにはささやかな、どこにでもある団欒があった。 「…瑠璃、今日、学校はどうだった?」  父から振られる、気を遣ったであろう他愛のないありふれた会話。それに、適当な相槌を打って返す。 「──ごちそうさま」  私は幸せなのだろう。友達も居る。普通の両親も居る。お金には普通の高校生程度に困っている位で、貧乏ではない。  程々に満ち足りていて、飢えで明日死ぬことに怯える日は一度もなかった。虐待もなく、普通に愛されて生きている。結構なことだ。 「……」  現像した写真でいっぱいのアルバムをめくる。中には思い出がいっぱいだ。一日に何度もシャッターを切ったのだ。こうしていっぱいに記録が残っている。 「どうして?」 ──それなのに。どうして。こんな呟きが溢れてくるのだろう。  万の写真を眺めて、友達と共有している。今のご時世、顔も知らない、声も知らない人とも繋がっている。  孤独なんて、何処にもない。その筈なのに。どうして、こんなにも胸が満たされないのだろう。  どうして、友達と笑う私の顔は、どれもこれも窒息しそうな様に写るのだろうか。  言い知れない不安が、常に頭をもたげている。数えきれない程ある筈の、目の前にある繋がりが、霞のように不確かに見えてならない。 「わかんないよ…」  最初の違和感は、真実を知ってしまったからだ。押し入れから舞い落ちた一枚の写真には、私の知らない大人が、赤ん坊の私を抱く姿が写っていた。 「僕たちは、本当の両親じゃないんだ」  私の両親は、早くに事故で亡くなってしまったらしい。親戚もおらず、天涯孤独の私を不憫に思った親友の夫婦に引き取られた、と聞かされた。  本当の両親との記憶は朧気で、年を経る度に薄らいでいく。私は、それが恐ろしく思えてならなかった。  実感が持てない。けっして孤独ではない筈なのに、私は絆と呼べるものがあやふやにしか感じ取れない。  忘れてしまえば、繋がりが消えてしまう。形に残さないと、忘れられてしまう。だから、直接的な繋がりがないと、安心できない。 「重いんだよね」  年頃の女の子らしく、幾らか芽生えた私の恋の結末は、いつもこの言葉で締め括られる。  重い、というのはよくわからない。私はただ、余人と共有出来るものが欲しいだけなのだ。それが例え物でも、金でも、いっそ肉体関係でも、何だってよかった。  あやふやではない繋がりが目の前にある。その実感が欲しい。そうしないと、私自身が何処に立っているのか、わからなくなるのだ。  私は必死にその日の写真を舐め回すように確かめる。そうでもしないと、猿頭寺瑠璃という希薄な存在は、真っ暗闇に今にも融けてしまいそうだったから。 「葉…。どうして、あんなことを?」  ベッドに体を預けて、返ってくる筈のない問いを洩らす。  あの時の葉は、様子が違っていた。病気でナーバスになっていた訳でなく、純粋に私に対して真摯な気持ちで言っていた。 ──手を翻す。葬式の時、目を閉じた葉の顔は、私の知るどの写真よりも綺麗だった。  死に目に会えなかった私には、どうにも実感がなかった。まるで眠っているような、今にも起き上がってきそうだと思ったくらいに。  そうして、目を閉じた彼の手に、それとなく触れた感触は、ひどく冷たかった。それが、どうしようもない『重さ』を覚えさせた。  もういつもみたいに、ふざけた調子で返事する顔が見られない。知りたくても訊けない。  それが『死ぬ』ということなのだろう。姿は思い出の中にしかいない。でも、それが終わり、という感じはしない。 ──きっと、これが答えなのだろう。形に残らない、けれど存在している繋がり。全ては、私の捉え方次第なのだろう。 …ふと、私は彼の言葉を思い出す。プロになってみればいい。折角だから、この道を行ける所まで行ってみよう。そんな、誇大な夢を抱いてみるのだった。
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